そこに住んでいるのは一人の高校生探偵と一匹の黒猫






二丁目のネコ






聞こえるのは小鳥の囀り。
最近、隣家がスズメに餌を与えているため少し煩いくらいである。
微かに開いている窓から入り込む風が遮光カーテンを揺らしている。
そこから差し込む朝日が顔にあたり、新一は眩しさを避けるためもぞもぞと布団の中へと潜っていく。

キィ・・・
小さな音を立てて新一の自室の部屋のドアが開かれる。
ほんの少しの隙間から滑り込むように黒い体躯の猫が入ってくる。
猫の首には鈴が付いており、歩を進めるたびにリンと鳴る。
「にゃぁ」
飼い主の眠るベットの脇へやってきた猫が一鳴きするも、飼い主の方は気づく事無く眠りの淵を彷徨っている。
全く目覚める気配のない飼い主に、猫はいつもの事なのか気にする素振りを見せない。
ただ、きらりと琥珀の瞳がイタズラそうに細められた。



どふっ!!
鳩尾に走った衝撃に新一はいつもの事ながら驚いて飛び起きる。
げほげほともろに入ったその衝撃に咽ていると腹の上でリンと鈴の音がする。
新一は半分涙目になったままその存在をぎろりと睨む。
そこには案の定、楽しそうにしっぽをゆらゆらと揺らしている黒猫がいる。
「てっめぇ・・・」
なんてことはない。
猫は主人を起こすため、本棚の上から飛び降りたのだ。
新一の部屋の本棚の上はほぼ天井に近い。
そこから1歳半の猫が鳩尾めがけて落ちてくれば当然こういう結果になる。
この方法だと主人が一発で起きるのを猫が覚えてしまい、最近は毎日この起こされ方をしているのだった。
堪らないのが飼い主の新一の方で、文句の一つでも言いたくなるのが常だった。
「この起こし方はやめろと何度言えば分かんだよ!」
だが、主人の怒号も猫の耳に念仏。
黒猫は耳をピクリと動かし俊敏な動作でベットから飛び降りる。
「快斗っ!」
主人の声をキレイに無視して部屋から出て行ったのだった。

ぴーんぽーん
インターホンが鳴り、客人の来訪を告げる。
快斗が部屋から飛び出して行ったのは人の気配に気づいたからだった。
はぁぁ。
いつもの事だと新一は大きく溜息をついてベットから降りた。
早くドアを開けなければならないのだから。

新一は来訪者に心当たりがあった。





「おはよう、新一」
鍵を開け、ドアを開けるとそこには想像通りの人物が立っていた。
幼馴染にしてクラスメートの毛利蘭。
「はよ・・・」
蘭はパジャマ姿の新一に眉根を寄せる。
「もー。またそんな格好して!」
「いま起きたんだよ」
しょうがないだろと欠伸をしながら蘭を家の中へと招き入れる。

「にぁ」
玄関のマットの上で来訪者が中へ入ってくるのを大人しく待ってい黒猫はりんと首についている鈴の音を鳴らし蘭の元へと駆け寄った。
「おはよ、快斗くん」
蘭は足に擦り寄る快斗の背をしゃがみこんでなでる。

「んじゃ、着替えてくるから快斗にメシやっといてくれ」
「・・・ホント、相変わらずね」
そんな飼い主じゃ、いつか愛想尽かされるわよ。
溜息まじりの蘭の声を背中に聞きながら新一は自室へ向かうために階段へ足を向けた。




着替えて降りてきた新一は鞄をテーブルの上へと置き、椅子に座った。
蘭は新一のための朝食を準備するためにキッチンにいるのだろう。おいしそうな匂いがする。
ふと視線を下げるとそこにはかりかりと一心不乱に餌を食べる黒猫の姿があった。

「ホント分かんねー猫だよな〜」
テーブルの上に置かれている新聞へと手を伸ばしながら新一は一人ごちる。


「猫のくせに魚嫌いなんてな」




快斗がもくもくと食べているのはキャットフードではなく、ドッグフードだった。






END




高校生探偵の日常は結構波乱万丈。
飼い主と黒猫の相性はあまり良くない。
世話をするのはもっぱら恋人未満の幼馴染。



高校生探偵と黒猫の日常について。 2003.02.22