二丁目のネコ
EX





かさりとわずかな音を立てて、一匹の猫が垣根を越えとある家の敷地内へと入ってきた。
猫は垣根を越える際に体に付いてしまった数枚の葉を、体を震わせて落とす。
しなやかな体躯に美しい白い毛並み。
とても流れ猫とは思えない猫だった。

その猫は数ヶ月程前江古田町へとやってきた流れ猫だ。
優雅な仕種に気障な口調。
ご近所一帯の雌猫に絶大な人気を持つ流れ猫キッドの過去は一切が謎に包まれていた。
他の猫が尋ねても決して口を開きはしなかった。

キッドが入った家は庭に池があり、その中を立派な鯉がゆうゆうと泳ぐ、伝統的な日本家屋だ。
この家の縁側は日が良くあたり、絶好のお昼寝ポイントとして最近のキッドのお気に入りのひとつだ。
他のお気に入りポイントは愉快なメンバーがよく集まる中森宅だ。
かわいい子猫の青子にちょっかいを出すと側にいる黒猫が分かりやすく嫉妬をするのが結構楽しい。
紅子には呆れられるが、キッドはそんな自分を嫌いではない。


キッドが縁側で丸くなって寝ていると、この屋敷の主人がからりとふすまを開け縁側へと出てきた。
その音にキッドが耳をぴくりと反応させる。
この屋敷の主人はいつも穏やか笑っている初老の男性だ。
キッドが来た事に気付くといつもおやつをくれる優しい老人は、今日も縁側にキッドがいるのを見るとにっこりと笑い、台所へおやつを取りに行く。
この老人のそばはひどく心地がいい。
人に触られるのが嫌いなキッドは、だがこの老人の背中を撫でてくれる手に嫌悪を感じた事はない。



おやつのにぼしをすっかりと平らげ、老人の隣で昼寝を楽しむキッドの耳に喧騒が飛び込んできた。
キッドは昼寝を中断し、顔を上げ辺りを見回す。
すると、前にある低い垣根越しに見える向かいの家の塀の上に見慣れた黒猫が座っている。
中森宅によく来る、あそこの家の子猫の事が好きな黒猫だ。
名前はたしか・・・・。なんだったかな?
何をやっているのかと訝しく思いながら見ていると、黒猫の乗っている塀に向かって吼える犬が一匹。
「卑怯ですよ!!降りてきなさい!!」と吼えるのは向かいの白馬宅の犬だ。
犬の吼える声が閑静な住宅街に響く。
キッドからは茶犬の様子は見えないが、黒猫の動きがないということは見てとれた。
ただ塀の上からしっぽをたらしているだけだ。
黒猫と茶犬の仲の悪さはここら一帯ではかなり有名だ。
まじめで頭の固い茶犬を黒猫がおちょくる姿はよく見かけられている。


何をやったのかは知らないが、またバカな事をしたのだろうとキッドは確信する。
「なんだか騒がしいですねぇ」
キッドの隣に座り、一緒に日向ぼっこしている老人がのんびりとお茶を飲みながら言う。
この老人が気にする必要はこれっぽっちもない。
キッドはそう思い、再び昼寝をするために丸くなった。






END




流れ猫のキッドは寺井ちゃん宅がお気に入り。
そんな寺井宅は白馬宅のお向かい。
キッドは黒猫と茶犬の喧騒が煩くてちょっとうんざり。



白猫から見る黒猫の素行について。 2004.02.22