立派な西洋式な豪邸の軽いキャッチボールならできるくらいに広い庭で、探は昼寝をしていた。
最も来て欲しくない黒猫が来るまでは。





二丁目のネコ
EX2





「なんの用ですか・・・」
本当なら無視したい。
折角、いい天気で自分の機嫌も非常に良かったのに。
彼が来た途端、その全てがぶち壊しになる。
探は白馬宅の犬だ。
毛並みはきれいな栗毛色で由緒正しい血統書付きの犬だ。
穏やかな性格で、ケンカを好まず、のんびりしたラブラドール・レトリバーだ。
ただし、その人当たりのいい性格もこの猫の前で発揮された事は未だないし、これからもありえない。
「なんだよ、ご挨拶だな」
にやりという表現がぴったりな笑いを口元にのせたまま黒猫は言う。
「何の用か聞いてるんです」
「用がないと来ちゃ駄目なのか?」
「即刻帰って頂きたいですね」

ぐるるるるる・・・。
白馬がいくら低く唸っても当の快斗本人は涼しい顔だ。

「いまは餌の時間ではないですよ」
「んなの知ってるよ」
猫のくせにドックフードが好物なこの猫はたびたび探の餌を失敬しに来る。
そして探はそれを阻止できたためしがなかった。
「イミもなく来ないでいただきたいですね」
ボクの心の平安のために。
低く唸る探。
そんな戦闘体勢をとる探に快斗はにやりと笑う。
「なら餌の時間になら来てもいいってことか?」
探の言葉尻を捕らえて言い返す。
「よくもまぁ、口が回るものですね・・・」
完全に臨戦態勢となった2匹はじりじりと距離を詰める。
まさに一触即発の状態だ。

「今日という今日は絶対に許しませんよ、黒羽君!!」
「捕まえられるもんなら捕まえてみな」
探から仕掛けるが、犬よりも俊敏な猫を捕まえるのはやはり至難の業で。
ツメが相手に届く前に快斗は近くの木に飛び乗る。
そこから塀の上へと移動する。
探はさすがにそこまで追いかけることはできず、塀の下で吼える。

「卑怯ですよ、黒羽君!!降りてきなさい!!」
塀の上へ避難した黒猫に向かって探は吼える。
「正々堂々と降りてきたらどうですか?!!」
探の言葉になど耳を貸す様子もない黒猫は塀の上でしっぽをたらし、ゆうゆうとしている。
そんな快斗の様子に激昂する探はさらに声高に吼える。


「なにを騒いでるの?」

屋敷の中から聞こえる咎めるような声に、探はぴたりと吼えるのやめる。
この屋敷の主人の妻の声だ。
注意されたことにより、探はもう快斗を吼えることはしない。
せめてもの攻撃として探は快斗をぎろりと睨むが、快斗には何処吹く風だ。
実は快斗は非常に機嫌が悪かったのだ。
自分が圧倒的に有利な状態になれる探をおちょくることで憂さを晴らしに来たのだった。
これで白馬は怒られることが決定した。
快斗はいい気味だとばかりに楽しそうに、にゃぁと鳴いて塀の向こう側へと飛び降りて行った。
対照的に、探は背後から聞こえる窓を開ける音に、これから起こることを予感して溜息を付いた。



結局、自分が損をするのだ。

これだから、あの黒猫に関わりたくない。






END




茶犬の主人は警視総監。
黒猫の被害は甚大。ごく稀に夕飯を丸々横取りされる事もある。



茶犬から見る黒猫の素行について。 2004.02.22