白い子猫にとっての世界は、お父さんの優しい手のひらと大きな膝と、
それから、ベランダから見える世界。
それがすべて。






二丁目のネコ
EX3






その家のベランダは子猫がいるのに快適な空間になっていた。
えさや水はもちろん、遊び道具がたくさんおいてあり子猫が飽きてしまうことのないようになっていた。
この家のネコの名前は青子。
まだこの春に生まれたばかりの子猫である。
青子のお父さんの名前は中森銀三っていう。
警察というところに勤めていて、結構えらい人なんだって。
「警察」とかはまだよくわかんないけど、快斗が言うんだからすごいところなんだろうなと青子は思う。
お父さんは毎日朝早く家を出て、帰るのは夜遅い。
家に長い時間一人なのがさびしくてさびしくて、カーテンに噛み付いたり、ソファーをぼろぼろにしたり。
青子はいけない子だった。
でも、お父さんは青子がさびしいのを分かってくれて、ベランダに青子の部屋を作ってくれた。
2階のベンランダの青子専用のお部屋。
ふかふかも毛布にたくさんの遊び道具。
安全を考えて首には紐が結ばれてるし、外からは風も気持ちいいし、お友達も遊びに来てくれる。
一人でお留守番はさびしいけど、ベランダの部屋も大好きだから、青子は平気。




「ふにゃ〜〜〜」
青子はベランダで大きく伸びをした。
今日はいい天気で、ベランダから差し込む日差しが心地よい。
青子はついさっきまで日差しの暖かさに誘われてお昼寝の真っ最中だった。
道路を通るトラックの大きな音に目を覚ましたのだ。

大きく伸びをした後、体をキレイに毛繕っているとベランダの手すりにふと影が降りた。
青子はお友達の紅子が遊びに来てくれたのかと思い、勢いよく跳ね起きた。
紅子ちゃんはすらっとしててキレイでとっても物知りですごくすごく大好き。
いつもお昼過ぎに青子のところに遊びに来てくれるから、きっと紅子だと思ってた青子は目を丸くした。


白猫がそこにはいた。


日の光にあたって毛並みが白く輝いていた。
ノラネコとはとても思えない、汚れひとつないキレイな毛並み。
ゆるやかにしっぽを動かすそのしぐさがとても様になっている。
すこし逆光で顔ははっきりしないけれど、やさしげに微笑む白猫がそこにいた。
「初めまして」のネコじゃなかった。
前に一度だけ会ったことのある白猫だった。
たしか、名前は・・・。


「・・・キッド」
青子が小さくつぶやくのを合図にしたかのように、キッドは手すりから青子の前へと軽やかに降り立った。
にこりと微笑むその顔は本当に優しげで。
「こんにちは、お嬢さん。また会いましたね」
「快斗が、あなたには近づくなって」
青子へと近づくキッドに対し、青子は身構える。

家からほとんど出たことのない青子に、快斗はいろんなことを教えてくれる大好きなお兄さんだ。
その快斗が「ダメ」だというのだから、「ダメ」なのだ。

身構える青子にキッドはさらにやさしげに微笑む。
「『快斗』は嫉妬しているんですよ」
「しっと?」
「ヤキモチです。私に貴方を取られるかもしれないと思ってるんですよ」
「ヤキモチ?!」
キッドの言葉に青子はビックリしてしっぽの毛を逆立てた。
「そんなこと快斗はしないよ!」
「どうして?」
「だって快斗はみんなで遊ぶのが一番いいって言ってたよ!」
青子も快斗と紅子ちゃんとみんなで遊ぶのが好きだもん。
にこにこと楽しそうに話す青子の姿にキッドは目を細めた。
「本当に、貴方に恋愛はまだ早いようですね」
『快斗』が手こずる理由が分かりましたよ。
くすりと笑うキッドがまるで大好きな『お父さん』みたいに青子の目に映った。


『お父さん』に似てると思ったら、急にキッドが好きになった青子はキッドに笑いかけた。
「ねぇ、キッドも一緒に遊ぼうよ!」
「私も?」
「もうちょっとしたら、快斗も紅子ちゃんも来るし。みんな一緒が楽しいよ!!」
青子の足元にあるボールをキッドの方へと転がし、青子は目を輝かせた。
一瞬きょとんとしたキッドだが、ふたたびにっこりと笑って、こう言った。


「みんな一緒も楽しいですが、ちょっと冒険に出かけませんか?」


「冒険?」
首をかしげる青子。
一方キッドはひらりとベランダの上に飛び乗った。
日の光はまぶしくて、まるでキッド自身が光を放っているようだった。

「お友達になった記念にとびっきり場所へご案内しますよ」

すばらしい提案のように思えた青子は一も二もなくうなずいた。
「行く!!」




首に結わっている紐をこっそり外し、キッドに連れて行ってもらったところは公園だった。
それでもベランダからの世界しか知らない青子にとっては、未知の連続だった。
横断歩道をはじめてわたったし、ベランダから見下ろしていたトラックがあんなに大きかったことにも驚いた。

その公園は丘の上にあり、青子の住む江古田のの町が一望に出来た。
たくさんの建物。
ずっと遠くまで続く町並み。
車の音や人の音。
世界はこんなにも広いということを青子は初めて知った。
すごい、と思った。
もうただすごいとしか思えなかった。

口を大きく開け、景色を見入る青子にキッドは感想を聞いた。
「どうですか?」
「すごいね!!」
頬を蒸気させ、興奮気味に話す青子に満足げにキッドは笑う。
「また来ましょうね」
微笑むキッドに青子はうん。と大きくうなずいた。


「今度は快斗と一緒に来たい!!」


目をキラキラさせてそう言った青子に、キッドは悔しそうに笑った。






END




箱入り子猫はまだまだお子様。
でも当たり前のように相手を決めてしまっている。
流浪猫の入る余地は少しもない模様。



白猫に誘われた子猫の冒険について。 2006.02.22