なんとなく、こいつといるのもいいかもしれないと思った。
   うん。ちょっとおもしろそうかも。
   理由ならそれだけで十分。

   それが、はじまり。






二丁目のネコ
EX4






その日も、毎度のように黒猫に理不尽ともいえるダイブをくらって目覚める朝だった。
蘭は朝食の食器を洗いながら時計を見ていつもの時間であることを確認した。
ちょうど制服へと着替えた新一が階下へ降りてくる音が聞こえる。
新一に声をかけ、2人で工藤宅を出る。
玄関のドアが閉まりきる前に、首についてる鈴をりんと鳴らして黒猫はドアをするりと抜けた。
珍しいとおもいつつ、ひとまず新一は家に鍵をかけた。
黒い肢体がドアから滑らかに出てくたのに気づいた蘭はしゃがみこみ、快斗の顔を覗き込むように話しかけた。
「あら、快斗くんも一緒に行く?」
そんなわけないだろ。とばかりに黒猫は主人にもその恋人未満にも見向きもせずに家の塀に飛び乗るとそのまますたすたと歩いていった。
しっぽをゆらして挨拶することもしない飼い猫に主人は顔をしかめる。

ホントかわいくない。



「マジあいつ俺を主人だと思ってねーよな」
学校へ行く道すがら先程の飼い猫の様子に文句を言うと、隣を歩く幼馴染はちょっと眉根を寄せた。
おそらく蘭もそう思っているのだろう。
実際、快斗は工藤宅に住む猫だが、新一ではなく蘭におそらく一番懐いている。
まぁ、毎朝餌をあげているのが蘭だからというのも大きな一因ではあるのだろうが。
「新一、かわいがってないんじゃないの?」
「かわいがる・・・」
「撫でてあげるとか、一緒に寝るとか」
「冗談。そんなことできるほど俺の心は広くない」
そんなことをする自分など少しも想像できないとばかりに切り捨てる新一に蘭は口を膨らませた。
「そんなことって・・・。飼い主でしょ、一応」
毎朝の応酬を見ているとどっちがしっかりしているかでは猫が勝ってしまいそうだが。
それでも快斗が帰ってくるのは工藤宅だ。
蘭は、新一が事件で何日も家を空けているときに快斗が工藤宅で丸くなって寝ているのを見たことがある。
だが一方で、新一が家にずっといる時でもふらりと姿を消すときもある。
半月近く姿を見なかったときは実は快斗は病気で、死期を感じて姿を消したのかと思ったくらいだ。
ある日帰ってきた快斗に蘭は心からほっとしたものだ。
だが、そんな出来事に対しても新一の様子は普通だった。
快斗がいなくて心配じゃないのかと聞いたときも『アイツなら大丈夫だって』と新聞から目も離さずに言われたときは呆れたものだった。
気まぐれで馴れ合わない猫と、可愛がらない代わりにどんなときも猫への態度が変わらない飼い主。
「ていうか、アイツ相手になんで愛想振りまかなきゃなんねーんだよ」
嫌そうに愚痴る新一に蘭はくすりと笑った。
似たもの同士なのだ。
きっと本人たちは大声で否定するだろうけれど。


学校への道のりを歩きながら2人の会話は猫から次のテストの出題範囲へと移る。
幼馴染と話をしながら新一はそういえば。と思い当たったことがあった。
いちおう飼い主なのにアイツの毛並みに触ったことがないのだ。
いや、触ったことはある。でも撫でたことはない。
その上、黒猫が毎日何をして過ごしているかなんて殆ど知らない。
この前、中森警部と猫談義になったときに、中森宅に自分の飼い猫がお邪魔していたという事実を知ったばかりだ。
あのときは中々衝撃を受けた。
前はよくフラリといなくなり蘭はそのたびに心配していたが最近はそんなこともなくなった。
おそらく中森宅へ通う日々だからだろう。
飼い主でありながら飼い猫のことを全然知らないのもどうかと少し思うが、でもほんの少しだ。
新一が黒猫のことを殆ど知らないようにあっちもこちらのことは殆ど知らないと思う。
賭けてもいい。


でも。と新一は思う。
たぶん自分たちはこれくらいで十分なんだろう。
だって、自分は快斗を別に愛玩動物として飼っているわけではないのだから。
半分以上はなりゆきだったのだから。

あの日を思い出して新一は小さくあくびをした。




火災事故が発生したあの日。探偵と黒猫は初めて会った。
鎖の鳴る音と共に警官に連れられていく男を見送りながらふと隣にいる黒猫はこれからどうすのだろうと思った。

たぶんアイツならあのまま野良猫になっても生きていけただろう。
それなりの強さも機転も持っていた猫に、どうしてか新一は声をかけていた。
猫の身で主人の仇をとった、アイツに。

おもしろそうだと思ったのだ。


理由ならそれだけで、十分だった。







   「なぁ、お前・・・。ウチ来るか?」

   猫相手にコイツは何をマジメに言ってるんだと思った。
   見上げると相手はあさっての方を見ながら首筋を掻いていた。
   遠ざかっていく黒と白の車が回す赤いサイレンが耳にうるさい。
   自然と1人と1匹でそれを見送った。
   車が角を曲がり見えなくなってから、目の前の男はこっちを見下ろした。
   男は口を開かなかった。2度は言わなかった。
   だから自分はもう一度だけ車が去っていった方を見遣って考えてみた。
   それから、ちいさく「にゃあ」と鳴いた。






END




高校生探偵と黒猫の出会いは凄惨な事件現場。
黒猫の前の飼い主は高名なマジシャン。
ショーの最中に事故死。でも本当は殺されたのだった。
たまたまショーを見に来ていた高校生探偵と主人を失った黒猫が見事に事件を解決。
そんな出会い。



黒猫と高校生探偵の出会いについて。 2007.02.22