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ぽん!
少年の手から音を立てて現れたのはピンクのバラ。
何もなかった場所から突然現れたバラと、バラを差し出した男の子の笑顔にしょげていた気分が吹き飛んだ。
今まで花なんて貰った事がなかったから、すごく嬉しくて。
大切な大切な2人だけの思い出。




01.はじめまして


よく晴れた日曜日の午後。
公園には親子連れからカップルまで様々な人がのんびり休日を楽しんでいた。
青子は公園の広場へ行くと待ち合わせ相手を探す。
ふと、一ヶ所だけ鳩がたくさん集まっている場所があった。
「また・・・快斗ってばー」
はぁ。と溜息をついて青子はそちらに向かって声をかける。
「快斗っ!!」
青子の声に快斗は振り向く。
振り向いた快斗はたくさんの鳩を体のあちこちにのせていた。
公園で待ち合わせをすると時々ある光景で、最初は驚いた青子もいまはもう慣れたものだ。
青子が近寄ろうと足を進めたとき、快斗はにやりと口元に笑みを浮かべた
ぱちんと澄んだ音が公園に響いた。
快斗が指を鳴らしたのだ。
鳩はその音を合図に一斉に空へと舞い上がる。
煩いほどの羽音と舞い散る白い羽と。
青子は思わず目を細める。
鳩たちだ飛び立つその中心にいる快斗に目をやって、青子は目を見開いた。
快斗はびっくりするような優しい顔をしていたのだ。
青子の方を快斗の口元がゆっくりと動く。
「・・・なに・・・?」
けれど鳩の羽音が煩くて青子には聞こえなくて。
白い羽が邪魔だと思った。



空へ鳩たちは群れをなしてビルの合間へと消えて行く。
その場にいた人はみな鳩の飛んでいく方向を目で追っている。
でも青子は快斗から目が離せないでいた。
快斗がなんと言ったのか、唇の動きからなんとなく分かった。



「・・・・・・きざ」
顔を真っ赤にしてそれだけ言うのがやっとだった。




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02.秘めごと



靴箱から上履きを取り出したとき、何かがひらりと落ちた。


(何だろ)
青子は屈みこんでソレを拾う。
ソレは、どこからどう見ても手紙で、青子は軽く首をかしげた。

白い封筒に少し歪な文字で青子の名が記されている。
裏に返すとどこか知っている名前が書かれている。
名前は知ってても顔が思い出せず、青子が唸っていると背後から聞きなれた声がした。
「なーに朝っぱらから不気味な声出してんだよ」
おはようも言わずに快斗は青子の隣で上履きに手をかけた。
「快斗は朝っぱらから能天気で羨ましいわ〜」
自分が考え事をしているのを不気味と言われ、カチンときた青子はそのまま逆襲する。
「・・・言ってくれるじゃねーかよ」
「言いましたよ。それが何!」
青子は快斗を睨むが、快斗は気にする事無く
ふと、青子の手の中の手紙に気付いた。
「なんだ、それ」
「分かんない。手紙みたいなんだけど」
快斗よりも手紙の重要度を思い出した青子はいそいそと封を開けた。
『話があるので、放課後屋上に来てください』
少し汚い、明らかに男の筆跡のものだった。

「・・・もしかして」
ラブレター?

「果たし状とか」
にやりと笑う快斗に青子の高鳴った心が一気に冷める。
「こんな果たし状あるわけないでしょー!」
「分からねーぜー。世の中変わったヤツが多いからな〜」
バカにしたような態度の快斗に青子はムッとする。
「何よ、快斗。もしかしてヤキモチ?」
「は。何バカなこと言ってんだよ。俺はお前がだまされないよーに親切で言ってやってんだぜ?
だいたい青子みてーなモノズキを好きになるよーなヤツはそうそういねーよ」
快斗のその言葉にむっとした青子はおもわず口に出す。
「本当かどーか、放課後ちゃんと確かめに行くわよっ!!」

まさしく売り言葉に買い言葉だったが、青子の迷いを吹き飛ばすには充分だった。
ぎろりと快斗を睨むと、青子は手紙をしまう。
そして、快斗の方を1度も振り返ることもなく教室へと向かった。


はあ。と快斗は溜息をついた。
しまった。失敗した。
思わぬ爆弾を投下してしまった。
快斗は青子に聞こえないようにこっそり小さく呟いた。
「・・・・ぜってぇ邪魔しに行ってやる」



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03.鬼



ぺらん。

こういうときの快斗は、さすがマジシャンと褒めるべきか行動は素早くさりげない。
「きゃあああああっ!!」
青子は急いでスカートを押さえるが、もはや遅し。
スカートは捲くられ、周りのクラスメートがざわめく。
青子が真っ赤になって慌てていると、ふとナナメ上からしみじみとした声がする。
「いまどきの女子高生がクマ柄ねぇ・・・」
イヤというくらいに聞きなれた声に、青子はばっと勢いよく振り返る。
そこには顎に手をあてて何やら考え込んでいる快斗の姿があった。
案の定と言うべきか。スカート捲りの常習犯、黒羽快斗の姿が。
「・・・・・か・・いと!!!」
青子の怒りのこもった声にも、快斗はただうむむと唸っているだけである。
「なにすんのよっ!!」
怒りの鉄拳を繰り出すが、突然目の前が真っ白に染まる。
快斗を殴るために振り下ろされた拳は虚しく空をきるのみ。
いつもの白い煙をはり、いつものように忽然と青子の前から消えてみせた。

煙が晴れるといつものクラス風景。
やれやれと自分の席に散って行くクラスメートたちの中で、青子は1人怒りで肩を震わせていた。
怒り心頭の青子に残されたクラスメートが慰めようと声を掛けようとしたとき、青子は物も言わず掃除用具の入ったロッカーを勢いよく開ける。

「・・・今日という今日はゆるさないんだからっ!!」

手に馴染んでしまったモップを強く握り締める青子は、顔を真っ赤にしながら叫んだ。




1日に1度は起こる鬼ごっこの始まりにクラスメートたちは深々と溜息をついた。



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04.遊園地



「どこ行くのよ、快斗」
2、3歩足を進ませたところで後ろから青子が不思議そうに声をかけた。
「は?」
軽く小首をかしげている青子に快斗はゆっくりと振り向く。
「だって・・・お前が言ったんだろ?タダ券ゲットしたって」
「うん。言ったよ」
「じゃ、なんで行かねーんだよ」
快斗が指差すのは遊園地のゲート。
訳が分からないと言った様子の快斗に青子はますます首をかしげる。
「・・・・あ。そっか」
ぽん。と青子は手を叩いた。
「そう言えば言ってなかったっけ!」
完全に爆弾を簡単に落としてくれる幼馴染のペースだ。
快斗は今までの経験上何となく嫌な予感が湧き上がるのを止められなかった。

「言い忘れてたんだけど」
ごそごそと青子は鞄を漁って2枚のぺらりとしたモノを取り出す。
そして青子はにっこりと微笑んだ。それこそ花が綻ぶように。
「実はタダ券は遊園地のチケットじゃないんだ☆」
「はぁ?じゃあ何だよ」
快斗はただただこの嫌な予感が外れるようにと心の中で祈った。


「じゃ〜〜ん!!」
楽しそうな声とともに青子はソレを見えやすいように両端を持って快斗へと見せた。
覗き込み、その内容を読んだ快斗は一瞬にして固まる。
そして祈りは少しも届かなかったことを思い知る。
どうやら、2週間前の約束をすっぽかしたことをまだ根にもたれていたらしい。
「隣のスケートリンクのタダ券なの!ちゃーんと快斗の分もあるからね♪」
にっこりと笑顔付きで宣告された事柄に快斗は苦い顔をするしかなかった。

「・・・・イヤがらせかよ、ちくしょう」
ぼそりと呟いたセリフは綺麗に無視された。


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05.雨



青子は相変わらず止まない雨に溜息をついた。
ここ1週間、晴れたり降ったりと不安定な天気が続いていた。
「いいかげん諦めろよな」
青子の溜息が聞こえたのか快斗は声を発した。
ベットに寝転び、頬杖をついて雑誌を捲っている。
視線は手元の雑誌に落ちたままで快斗は言った。
「明日も雨だってよー」
先程聞いた天気予報は見事に青子の期待を裏切る予報をしていた。
「・・・つまんない」
窓の外を見ていた青子はぷーっと頬を膨らませると快斗の方へと向きを変えた。
「全然効かないねー・・・」
「そもそも、てるてる坊主に頼ろうってのが間違いなんだろ」
視線は雑誌に注がれたまま快斗は面倒くさそうに言った。
青子の視線の先にはてるてる坊主。

現在、快斗の部屋のカーテンレールはずらりとてるてる坊主が並んでいた。
このたくさんのてるてる坊主は中森家の押入れにあったのをひっぱりだしてきたものだ。
少し不恰好な代物は小学生の頃青子が作った物で見事に天気を晴れにした実績をもつものばかりだ。
青子が山のようなてるてる坊主を持って快斗の家のチャイムを鳴らしたのは3時間ほど前のこと。
快斗は手に抱えられているたくさんのてるてる坊主を見て、溜息をつくことしか出来なかったのだ。

「誠意が足りないーー!」
青子は快斗の言葉にますます膨れた。
そんな青子に快斗はこっそりと溜息をつく。



「・・・もう好きにしてくれ」

晴れるまでコレが続くかと思うと頭が痛くなりそうだった。


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