sweet chocolate






ふわりと、音もなくキッドはビルの屋上へと降り立った。
宝石はすでに返却済み。
あとは帰るだけだという時に、ビルの屋上に見慣れた姿を見つけたのだった。
放っておけるわけもなく、キッドは屋上へと降り立ったのだが。


「キッドのバカーーーー!!!」


すぱかーん。と小気味良い音と共に頭にジャストミートした物体をキッドは地面に落とす前にキャッチする。
それは手のひらに少し余る大きさの箱で、赤地に白のハートがたくさん散らばっている包装紙に包まれ、可愛らしくピンクのリボンで結ばれていた。
キッドはその箱をまじまじと見つめる。
それから、箱を投げつけてきた張本人である青子と見比べる。
「これは・・・・・」
もしかすると。もしかしなくても、これは。
聞かなくても分かる。断言できる。
今日の日付とその日が持つ意味を理解している者なら一発で分かる。
バレンタイン・チョコ。
昼間、黒羽快斗が中森青子から貰えなかったモノ。
・・・・どうして。
『快斗』ではなく『キッド』に青子はチョコを渡すのか。
青子が嫌っている筈の『キッド』に。

「貰えるん・・・ですか?」
「・・・・・・・だって」
青子は俯いてしまいキッドがいまいる位置からは顔が良く見えなくなる。
「だって・・・・・・」
小さい声で青子は何か呟くが、2人の間には距離があるためキッドには良く聞こえなかった。
ふと、視線を箱へと移すと、先程は気づかなかったが、箱とリボンの隙間にはメッセージカードは挟まれていた。
キッドはカードを抜き取り、そっと開いた。
そこには見慣れた青子の丸文字で『快斗へ』と書かれていた。

まさか。と一瞬頭を過ぎった考えを振り払い、キッドは青子を再び見つめる。

「私宛ではないようですが・・・?」
おそるおそる怪訝な声を掛けるがやっぱり青子は俯いたままだった。
「いーのよ、別に。どーせ快斗はいっぱい貰ったんだし、青子のが無くたって・・・」
風に乗って聞こえてくる声はいつもの元気はなくどこか不貞腐れた調子だった。
そして相変わらず、青子は俯いたまま。

キッドは自分の心配が杞憂に終わった事に心の底から安堵する。
だが、それより何より、青子からチョコが貰えなかったのはそんな理由なのかと頭を抱えたくなった。
さて、どうするか。
キッドは内心で軽く溜息を吐いた。

「では、これは義理チョコということで私が頂いてもよろしいのですね?」
青子へと確認を取ると、青子はキッドを見ないまま言う。
「・・・・好きにすれば」
「ありがとうございます」
ばさりとマントを翻させる。
屋上のフェンスの上にひらりと飛び乗ると青子の方へ振り返った。
「申し訳ありませんが送って行く事は出来ません。夜道を充分注意してお帰りくださいね」
キッドはそう言うとビルの屋上から夜の街へと飛び込んでいった。

「キッド・・・」
青子はフェンスに手をつき、遠ざかってゆく白いハインググライダーをぼんやりと見つめる。
いつも嫌いだと罵っている相手なのに。
あてつけの様に投げつけたチョコにわざわざお礼を言ってくれた。
お礼を言うのはこっちなのに。
ありがとうもごめんなさいも言えなかった。


素直になれない自分が凄く嫌いだと思った。







電灯が照らす夜道を青子は帰路に着くために歩いていた。
視線を何処へ置くでもなく。
ただ、足を動かしている。
ふと気が付くと青子の家の前に誰かがいる。
足を止め、よくよく見てみるとそれは快斗で。
少し不機嫌げな顔で快斗が家の塀に寄りかかっていた。
「よお」
「快斗・・・」
快斗は片手をポケットに突っ込み、もう片方に何かを隠すように持っている。
正視できなくて青子は快斗が持っているモノへと視線を動かす。
快斗が持っているそれは先程キッドへと投げつけた代物で。
青子は目を丸くさせる。
「・・・っそれ、どーして!!?」
快斗はその箱を 顔は未だに不機嫌そうではあるが。
「さっき、キッドがオレの所に来て置いていった」
「ち、違うもん!それはキッドにあげたの!快斗のじゃないもん!」
青子は慌てて否定の言葉を口にするが、快斗には通じない。
「カード。オレの名前あった」
「・・・そっそれは・・・っ」
「なんでだよ。なんでオレ宛のをキッドにやるんだよ」
強い調子の声に青子は何も言えなくなる。
青子が口を噤んだことで辺りは静寂に包まれる。
快斗は青子の答えを待ち、口を開く様子も無かった。


先に沈黙に耐え切れなくなったのは青子だった。
「だって・・・」
「だって?」
眉根を寄せる快斗に青子は白状する。
「快斗、いっぱい貰ってたし・・・」
その声が小さくなってしまうのはだけはどうしようも無かった。
でも快斗の耳には聞こえたようで大きく溜息を吐いていた。
「たしかにいっぱい貰ったけど」
快斗はたくさん貰っていた。青子も知っている。
紙袋一つじゃ入りきらなくて、白馬君から紙袋をもう一つ貰っていたのだから。

「一番欲しいのは貰えなかった」
青子は一瞬、空耳かと思った。
「・・・・え?」

「青子のは貰えなかった」

顔をあげてみると、とても真剣な目をしている快斗がいて。
青子は視線を逸らせなくなってしまっていた。
顔の温度が急上昇しているのを青子自身はっきりと自覚している。



「これ、オレのだろ?」

囁くような快斗の言葉に青子は小さく頷いた。









END



キ青?快青?
チョコを投げつける青子が書きたかったのです!