柱に付いている時計を見て、溜息をつく。
もう何度目の溜息になるだろうか。
数えるのもバカバカしくなる。


待ち人は未だ、現れず。







ちょこちっぷめろんぱん






「ばかーーーっ!!」

青子は昨日から今日にかけて好い加減言い飽きているであろう言葉を、飽きもせずに隣にいる快斗へと投げかけた。
快斗は快斗で、昨日から今日にかけて何度も繰り返している謝罪の言葉を口にする。
ただ、あまりにも効果がないことに快斗自身少々キレかけていた。
「だから!悪かったってさっきから言ってんだろ」
「ふんだ。約束すっぽかすの何回目だと思ってるのよ!」
「しゃーねーだろ。急用だったんだから・・・」
「なによ。急用、急用って。快斗はそればっかじゃないっ!!」
「ホントの事なんだから、しゃーねーだろうがっ!」
「出来ない約束なら最初からしないでよ、バ快斗っ!!」
「バカバカってさっきから失礼だぞ、オメー!」
「それは悪かったわね!本当の事言って!」

何をどう言っても、青子は快斗を許さず。
どこまで行っても平行線で。
快斗だって始めはちゃんと非を認め、誠意を持って謝っていたのだ。
それなのに取り付く島もない青子にさすがにキレた。

「こっちがこれだけ言ってるってのに、オメーは・・・!!」
「なによ!快斗が悪いんでしょ!」
急に険悪な空気になった快斗に青子はムッとする。
「だから謝ってるだろが!」
売り言葉に買い言葉。
こうなると、もうどちらも一歩も引かなくなる。
アホ子だのバ快斗だのと、ひとしきり悪口を言い合った後。

「もう知るか!!」

振り払うように言って、快斗は青子に背を向けて歩き出す。
ポケットに手をつっこみ、わずかに肩を怒らせて快斗は廊下を進む。
青子は快斗が廊下の角を曲がるまで、その背中をじっと睨みつけるように見つめていた。
もう姿が見えなくなると、青子はくるりと向きを変え、教室へと戻って行った。
一度も振り返る事なく廊下を曲がった快斗の後姿がなぜか頭から離れない。
「・・・・なによ、バカ」
その声に先程までの力がないことに、青子は気付かないフリをした。





昨日、映画を見ようと誘ったのは青子からだった。
快斗は約束した時間になっても現れず、青子は映画館の前で2時間待った。
さすがに待ちくたびれて、頭ににきて、そのまま家に帰った。
家に帰ってすぐに快斗が謝りに家に着たけど、顔も見たくなくてそっけなく追い払った。
青子はそれはもう烈火の如く怒ったのだった。




黒板を打つチョークの音。説明をする先生の声。
1時間目の数学の授業は淀みなく進んでいた。
熱心に黒板の文字をノートに写す生徒。
先生の目を盗みこっそりとおしゃべりしている生徒。
机に突っ伏して眠っている生徒。
様々な生徒がいる中で、青子は何を書くでもなく開かれているノートへと視線を落としていた。
頬杖をし、片手にシャープペンを所在無さげに回す。
先生の声を何処か遠くに聞きながら、青子はただぼんやり考えていた。

怒りの感情が引いたことで冷静になった青子が思い浮かべるのはさきほどのやりとりのことだ。
自分が言い過ぎたということは充分自覚していた。
快斗はきちんと謝ってくれた。
でも青子は許せなかった。
怒りが収まらず、逆に快斗を怒らせてしまった。
頭では分かっていてもどうしてもないのだ。
快斗の顔を見ると感情が爆発して、思ってもいないような言葉まで口から飛び出してしまうのだ。

本当は青子にだって分かっているのだ。
快斗がちゃんと悪かったと思っていることも。
約束を破りたくて破っているのではないことも。
用事があってしょうがなかったということも。

(だって。ホントに楽しみにしてたんだよ)

見たかった映画だからというだけじゃなく。
青子の中であの映画は快斗と見に行くものとして認識されていたのだ。
快斗に約束を破られてしまった今でも、青子には他の人と見に行こうという気持ちは少しも沸いてはこない。
あの映画は特別なのだ。
公開前にテレビで見たCMがとても面白そうで、見入ってしまったのだ。
そうしたら、快斗が「今度行こう」と行ってくれて、それがすごく嬉しかったのに。
あの映画は快斗と一緒に見たかったのに。
快斗と一緒じゃなきゃ、見たくないのに。

「快斗のバカ」
青子はちっともやる気の出ない数学のノートをぱたんと閉じた。
ふと、窓の外を見ると、空は八つ当たりをしたくなるくらい晴れていて、なんで自分は怒っていて、こんなにも不機嫌なんだろう、とため息が出た。




チャイムが鳴り授業が終わってもぼーっとしている青子に、突然何かが飛んできた。
自慢の反射神経で思わず受け取ると、それはチョコチップメロンパンだった。
なんでこんなものが突然降ってくるのかと、パンが飛んで来た方に顔を向けるとそこには快斗がいた。
あっけにとられる青子に、快斗は一言いった。
「購買の一番人気、チョコチップメロンパン」
青子はパンをじーっと眺めて、それから快斗をじーっと見つめた。
快斗は少しビクビクとしながら青子の反応を窺っている。
青子はもう一度メロンパンに視線を落とす。
快斗は青子がなんでこんなに怒ってるかなんて、きっと少しも分かってないんだろう。
でも、快斗が青子のご機嫌取りのためだけにパンを買って来てくれたのは、なかなか悪くない。
購買部のチョコチップメロンパンは一番人気商品で、授業が早く終わることでもない限り、購買部から一番近い3年生が買い占めてしまう商品だ。
青子ももちろん食べたことはない。
このパンを青子が食べたことがないことは快斗も知っている。
きっと快斗は青子と仲直りをするために買って来たのだろう。
授業にも出ずに。
そう考えるとちょっといい気分だ。
仲直りのきっかけを探して、このパンに頼ったのだろうか。
そう考えるとかなりいい気分だ。

青子はまだ怒ってるふりをして袋を開け、青子は人気のメロンパンを口に入れた。
さすが一番人気。とてもおいしい。
「今度は、絶対約束守ってよね」
「わーってるよ!」
「次、破ったら、ホントに怒るからね!」
「だから、悪かったって!」
青子は指を顔にあてて、少し考えるそぶりをみせる。
ホントは次に何を言うか、もう決めている。
怒った青子が快斗を許すときにいつも言う言葉だ。
「じゃ、帰りにパフェね?」
もちろん、快斗のおごりでv
青子がにっこりと笑うと、快斗は安心したように小さく息をついた。
「へいへい。分かりました」
大げさに肩を落としつつも、快斗の顔にも笑みが浮かぶ。
「あ、何よー!これで許してあげようって言ってるんだからねー」
「感謝してます。パフェでもケーキでもなんでも奢らせていただきます」
「よろしい」
満足げにうなずく青子に、快斗もいつもの調子で返す。
「それ以上太っても知らねーぞ」
「なっ・・!青子、太ってないもん!!」
「いやいや、ちょーっと、ウェストが怪しいんじゃないか?」
青子は思わず、自分のおなかに手をあてる。
はっとして快斗を見ると、ニヤリと笑う快斗と目が合った。
顔が赤くなるのが自分でもわかった。

「バ快斗ーー!!」





帰りに喫茶店でパフェを食べながら、次こそ絶対に映画を見に行こうねと約束した。






END




100ヒットを踏んでくださった佐倉井梢さまリク。
「喧嘩して仲直りする快斗と青子」です!
「青子視点で」ということで、書かせていただきました。
青子の視点なので、普段あまり考えない青子の気持ちを大事に書いてみました。
すごく面白かったです!!青子が好きだと再確認でしました〜。

すごく遅くなってしまいましたが、梢さまありがとうございました!!