ふわり。と白い鳥が降り立つ。
30階建てのビルの屋上。そのフェンスの上。
吹き付ける風はそう寒いモノでは無くて、夏が近い事を感じさせる。
彼は其処で何をするでも無く佇んでいた。
――怪盗キッド。
今日デートに誘った姫君も求めていた相手では無かった。
ふぅと軽く溜息を吐く。
遠くに響くパトカーのサイレンの音にも彼の心が動かされる事は無い。

ただ、見る者を狂わせんばかりに輝く満月と
眼下に広がる街の灯りだけが彼の世界を構成していた。


pipi
右手に付けている腕時計が12時を告げる。




真夜中の電話





―――途端に鳴り響く、携帯の着信音。

キッドは酷くゆっくりとした動作で胸ポケットに手を入れる。
取り出されたのはメタルシルバーの携帯電話。
二つ折りになっている其れをぱちんと開ける。
画面に表示されている名前を一目見て苦笑がこぼれる。
凛とした冷涼な気配は一瞬にして払拭され、太陽の様な清々しい物へと変わる。
其処に居るのは怪盗でも奇術師でも無く、唯の少年。
唯の高校生、黒羽快斗。


pi
通話ボタンを押して、耳元へと運ぶ。
「どうかしたのか?青子」
いつも通りの軽い雰囲気で問い掛ける。
ふと右腕を上げて時計を見遣る。
12時2分。
こんな時間に青子が電話をしてくるなんて珍しい。

『別に?まだ起きてるかなぁーって思っただけ』
「ふーん」
訪れる沈黙。
「・・・・・それだけか?」
それなら切るぞ。と続けた快斗に青子は慌てたように言葉を紡ぐ。
『あのね、覚えてる?明日――あ、もう今日か、放課後ヒマ?』
今日の放課後?
・・・なんでそんな事を今聞くんだ?
「ヒマ…だけど・・・・・・?」
そう答えるとほっとしたようで口調が変わる。
『ホント!よかった』
「―で、何だよ。こんな時間に確認取るほど重要な事なのか?」
『え、え――っと。それは――・・・』
「それは?」
『あのね・・・』
「あのね?」
『…だからねっ!』
何か重大発表をするかのように青子の声は緊張していて。
快斗は言葉を挟む事なく、青子の次の言葉を待った。
『今日は快斗の誕生日でしょっ!!』
だからおめでとっ!!とどこかぶっきらぼうな声で青子は言う。

誕生日。誕生日。誕生・・・・。
「・・・・・・・・・・・・あ」
『忘れてたの?』
青子の呆れた様な声に少し憮然としながら、反論をしてみる。
「ド忘れしてたんだよっ!先週までは覚えてた!」
『へ〜〜』
「あっ!てめっ!馬鹿にしてんなー!!」
『大正解〜!』
どこか面白がっている調子の青子の声。
いつもと変わらない掛け合い。
くすり。
口元に笑みが浮かぶ。
視線を上げると其処には美しい満月。
此処から見えるモノは満月と街灯りだけ。
此処にいるのは自分だけ。
白い衣を纏い偽りの仮面を被り派手なショーを行った、その後。
盗んできた獲物を月に翳す際に生まれる微かな期待。
求めている愚かな女の名を冠する宝石では無かった軽い落胆。
遠くに見える時計台が12時の時を告げた時、掛かって来た電話。
思いがけない言葉を貰った。
君の言葉は、俺に元気をくれた。


電話の向こうで、今君はどんな顔してる?
―――会いたい。
今、君に会いたい。

「なぁ。今からそっち行ってもいいか?」
『なんで?学校で会えるじゃん』
「お前だって学校で会えるのに今電話して聞いてきただろ」
『そ、そうだけど・・・』
「・・・それにさ」
『え?』
「どうせなら直接会って『おめでとう』って言われたいし」


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・バカ』

青子の呆れた様な、照れた様な声。
「誕生日なんだからそれくらい望んだっていいだろ?」
じゃ、今から行くから。
それだけ言って快斗は電話を切り、ぽんっと音を立てて携帯を消す。



さてと。
ぱしんとハンググライダーを広げる。
空路なら青子の家まで5分とちょっと。
快斗はもう一度時計を見遣る。
12時23分。
まだ『今日』は始まったばかり。
太陽も未だ昇らない。

快斗は軽やかにフェンスから飛び降りる。
口元に笑みが浮かぶ。






―――今から行くから。
『俺の誕生日』をたっぷり楽しませてね。









END




快斗はぴばーー!!おめでとう、永遠の17歳!!
実は12時になるとともに快斗に電話をかける青子と
青子のもとへ飛んでいく快斗が書きたかっただけです。