〜Sweet Coffee〜





幼い頃、それはなんだかあこがれだった。

初めて飲んだのは7歳の時。そう…たしか、夜眠れなくて起きたとき。
父さんに探偵の話でもしてもらおうと思って、書斎へ行ったら。父さんは居眠りの最中で。
…そして横には飲みかけのコーヒー。

にがいなんて知らなかった。
ただ、父さんがいつも飲んでいて。大人の飲み物なんだろうと思っていた。

誰にも内緒で。ごくんって飲み込んだその味は。

どきどきして。  にがくって。


その夜は眠れなかった。





その日の蘭はなんだか妙な様子だった。

園子と何か言いあってからだろうか?
掃除中園子に向かって大声で何かを否定していた。なんか体験がどうとか言って。よく通るその声は廊下まで響いて、なぜか俺…工藤新一が注目の的になった。
いったいなんだってんだ…?
「だーかーらーっ!なんでもないの〜〜!!」
何度も聞いてみたが、蘭はそう言うばかりで答えようとしない。…ったく。わけわかんねー。
しつこい俺を蘭は睨んだり、ため息をついたり。それでいてその顔は少し赤かったりするから…気にするなという方が無理ってもんだ。

蘭が物理を教わりたいと言う。いつものように俺の家に呼んで、いつものように玄関まで蘭はついてきたのに、今日の蘭はやはり変だった。
いつもなら自分の家のように自然に入ってくるのに、今日は玄関を睨んだまま動かない。
物理を教えてほしい、と言ってきたのは蘭の方なのに。
「?」
俺は首を傾げた。
「…早く入れよ?」
「あ…う、うん」
声をかけるとやっと、慌てた様子で蘭は入ってきた。俺はその様子にまた首を傾げた。

心なしか、また蘭の顔が赤い。
緊張しているのが手に取るように分かる。きっとその「体験の話」のせいだろうと簡単に予想はつくが。
…ったく。隠されるとよけい気になるんだぜ?
俺は腕を組んで考えた。探偵のサガって奴か、どうしても問いただしたくなる。まあ、すでに帰り道そればかり聞いていたのは確かだが。
だが、そもそも園子と話をしてからの出来事なら、大して気を遣う必要もなかったりするのは分かっていた。
あの蘭の親友は、時々とんでもないことを言って俺たちを引っかき回そうとするから。
いちいち全てにまともに取り合っていたのでは、こちらの身が持たない。
ま、しゃーねーか。

それに、あんまり追及して蘭を困らせたくはない。とりあえず、俺は追求の言葉を引っ込めることにした。



「コーヒーでいいよな」
「あ、私やるよ」
「いいって。それより物理の問題集広げて待ってろよ。」
蘭に言って、俺はコーヒーを入れるためにキッチンに立った。
コーヒーを沸かしている間、蘭の隠していることをぼんやりと考える。
体験…ねえ?
聞いたときの蘭の顔は真っ赤だった。…園子のやつは、いったいなにを吹き込んだのだろう。

体験…たいけん……タイケン……。
蘭のした行動、した反応…。
家に入るのをためらった?…あんなに真っ赤になって…。

それって…もしかして…。


俺に一つの考えが浮かぶ。


まさか…。



部屋に戻った俺に蘭が抱きついてきた。
「新一…」
「ら、蘭!?」
甘えたような声で俺の名を呼ぶ。その声に俺の心臓がどきんと跳ね上がった。
「あのね…。園子がね、キスしたことあるかって聞いてきたの。…私…」
驚く俺をおずおずと見上げてくる。その動きにあわせて、髪の毛がさらり、と揺れた。
「わたし…」
真っ赤に頬を染めて、何かを訴えるように俺の瞳を見つめる。

「蘭…」
ふっと笑って、俺は蘭の頭をなぜた。
何をすればいいかは分かっている。
「…目、閉じて?」
蘭は一瞬ためらったあと、こくんとうなずいた。
「蘭…」
ゆっくりと目を閉じた蘭の肩に、俺は手をかけて………


「…しんいちぃ〜!まだ〜??」
「うわぁぁぁっっ!!!」

慌てて俺は妄想を断ち切った。俺…今、何考えてたんだ!?
蘭が、まだ何か言っているのが聞こえる。
「今できるから、もうちょっと待ってろ!」
驚かせんじゃねーよ、バーロォ!!!
蘭に答えながら、理不尽な文句を心の中でぶつける。慌ててコーヒーを入れたけれど、手にこぼしそうになってさらに慌てた。
コーヒーの香りはうざったいくらいにキッチンに立ちこめている。普段は気にもならないのに、少しクラリときた。
「…くそっ」
…大人の香りなんて、ろくなモンじゃない。



「で、どこ?」
部屋に戻った俺は、蘭にコーヒーを手渡しながら聞いた。意識するな、と心の中で自分に命じる。
とりあえず蘭は俺の変化に気づく様子もなかった。
少し安心しつつ、ポーカーフェイスを心がける。
「ここなんだけど…」
「ああ、ここは…」
だが説明しようとすると、蘭が見上げてきた。
とたんにさっきの妄想が頭をよぎる。やばい…。
蘭の指さす箇所を見ながら、俺はコーヒーを飲み込んだ。口の中の苦みで何とか自分を保つ。無理矢理に計算式を頭の中に貼り付けて、蘭に分かるようにそれを並べてみた。
計算は難しいよな。うん。
自分でもよくわからない相づちを自分自身にうって、視線を蘭から引き剥がす。

ことん、と音がした。蘭が何かを落としてしまった。消しゴムのようだ。
「あ、待って。消しゴム落としたから」
蘭は俺に言って、コーヒーを飲まずに机に置いた。
蘭は、俺の様子なんてまるで気づいていなかった。緊張もとけたようで、普段と全く変わらない態度で接してくる。
コーヒーを置く手が俺の手に当たったが、全く意識していないようだった。こっちは計算式が吹っ飛んでいきそうなのに、もはや先程の赤い顔すら見せてくれそうもない。
…ま、いーけどよ。
俺はまたコーヒーを一口飲んだ。にがい。

「んっ…とっ…」
蘭は消しゴムをとろうと手を伸ばしている。だが、間合い的に到底届きそうにない位置だった。
おいおい、そんなとこからじゃとどかねーぞ?
俺はコーヒーを置いて、蘭の代わりに消しゴムをとろうとした。

「きゃっっっ!!!」
と、いきなり蘭がバランスを崩した。
「蘭!!!」
あぶないっっ!!
俺は、慌てて蘭の腕をつかんで引き戻そうとした。

と。


唇に何かが触れた。
柔らかい感触…。
目の前には目をつぶった蘭の顔…。

これって…。

途端に意識が、覚醒する。
唇と唇が触れ合うそれは紛れもなく「キス」ってやつで。
唇に残ったその感触は、妄想なんかじゃなくて。

なっ…!なっ…!なっ……!!?

「………っ!!」
突き飛ばすように蘭を離す。耳まで赤くなるのが分かる。

「…しんいち…?」

ぽかんとした蘭の顔。
まだ何が起こったのかよく分からないと言ったその顔を見て。

急に何故か思い出した。

幼い頃に盗むように飲んだ、コーヒーの味。


…そして、いま口の中にも残るコーヒーの味。





コーヒーが甘いことなんてあるんだろうか。

でも。
初めての大人の味は。

どきどきして。  あまくって。

俺は今夜も眠れそうになかった。







〜END〜



・・・ふう。・・・どうでしたか・・・?
ちなみにいっときますが、途中の新一の妄想はりおんの本意ではありません・・・・;
なんか・・・展開的に・・・どうしても入れなくちゃならなくなったんで・・・;(泣)
うう・・・;すっげー恥ずい・・・
ラストはすっごく気に入ってるんだけど、その前がちょっとダメダメ〜・・かも。
はあ・・・;難しいッすねえ;;
でも、蘭の裏側で暴走する新一が書けて幸せだったですv・・・馬鹿で(笑)




良いです!!最高です!!
どうやったらあの恥ずかしすぎる駄文から
こんな素晴らしー小説が派生出来るのか聞いてみたいですね。
もう、新一が!新一が楽しすぎるーー!!
本当にありがとうございましたvv