valentine's war 朝、ニュースを見ながら新一は自分の気分が憂鬱なことを自覚する。 理由は考えるまでもなくわかっている。 ああ、今年もめんどくさい日がやって来た。 心の底からそう思う。 去年もおととしもその前も、山のようにチョコを貰った。 甘いものはあんまり好きじゃないから全部食べられるわけもなく。 数個を残して後は施設に寄付した。 悪いとは思うが、少しは俺のことも考えてほしい。 だいたい、欲しいのはたったひとつだ。 たとえ義理だとしても、それさえ貰えれば他はいらないのに・・・ はぁ。 自然とため息がもれる。 なにしろあのパワーは恐ろしい。 文字通り目の色を変えて追いかけてくるのだ。 よし!と気合を入れて玄関のドアを開ける。 なにしろ、会わないことには貰えないのだから・・・ 出鼻を挫かれてしまった。 玄関を開けた途端やって来た宅配便。 でかいダンボール箱が3つ。 内1つは父親宛だが、残り2つは自分宛。 中身は当然チョコレート。 来年は目暮警部の名前でも出して宅配業者を威嚇しよう。 新一は心にそう堅く決めて、改めて家を後にする。 だから欲しいのはひとつだけなんだっつーの! その心の声は誰にも届かなかった。 行ったら行ったで、学校に着いてみれば。 下駄箱からはあふれてるわ、教室の机は座る場所もないほど積んであるわで。 文句の一つでも言いたくなってくる。 園子のヤローはなんか楽しそうだし、クラスの連中はもの欲しそうにこっち見てくるし。 てめーら、欲しいんならそう言え。全部くれてやるよ。 蘭は苦笑いしてたけど。 やっぱ、さぼればよかったかも・・・ いまさらながら後悔してしまった。 後はもう、休み時間のたびに増えていくチョコの山にうんざりしつつ、目暮警部からの電話を心待ちにしていた。 ここから早く抜け出したい。 だが、まだ本命から貰っていない。 ぐるぐるとした気持ちで、蘭の動向を気にしていた。 新一の願いが通じたのか、昼休み中に携帯が鳴り出した。 (・・・・・・やった!) 捜査の要請の電話がこんなに嬉しかったのは久しぶりだ。 俺にチョコを渡しに来た後輩の子に断りを入れて電話にでると、案の定、捜査要請。 表面上は平静を装っていたが、心の中でガッツポーズをしながら目暮警部にすぐ行くと伝える。 これで、チョコ地獄から生還できる。 と、ほっとしたのもつかの間。 かばんに荷物を詰めていたら、ふと蘭が視界の端に入る。 (――――・・・ああっ!!) まだ蘭から貰っていない。 そのために覚悟を決めて学校に来たというのに。 はぁと心の中でため息をひとつ吐く。 こればっかりはしょうがないか。 「じゃあな」 そう、誰に言うわけでもなく言って、教室を後にする。 かばんを脇に抱えて階段を駆け下りていたら。 「新一!!」 その声に振り向くと、何かが投げられてきて。 条件反射で思わず受け止める。 よくよく見ると、緑の包装紙に白いリボンの箱だった。 (・・・・・これって・・・) 声がした方を見上げると予想した通り、蘭がいた。 なんだか少し顔が赤い。 蘭は、いっぱいもらってるみたいだけど と前置きして。 「ついでだし、今年もあげるわ」 ・・・嬉しかった。マジで。 今日学校に来た目的が達成された喜びと、今年も貰えたという喜びが一緒になって。 「・・・・・サンキュ」 ふわりと微笑むと、蘭の顔がぼっと赤くなった。 「じゃあな、後よろしく!」 それだけ言って、新一は走り出した。 自分でも機嫌が良いのがわかる。 どんな難事件でも今なら簡単に解けそうな気がする。 ・・・・・俺ってけっこう現金だな。 「・・・くやしい・・・」 後に残されたのは、思わず新一の笑顔に見惚れてしまった蘭。 蘭がつぶやいた一言は、新一の耳に届くことはなかった。 valentine's war ―――この勝負、俺の勝ちだ すごく書きやすかった・・・。 新一、変な人にしちゃってごめん! |