屯所の一室で沖田は横になっていた。
ここ最近は寒暖の差がはげしく、沖田は調子を崩していたのだった。
そんな沖田に他の隊士たちは天変地異の前触れだと大騒ぎしていたが、沖田と長い付き合いの近藤と土方は慣れたもので、てきぱきと床の準備をしてくれた。
幼い頃の沖田は季節の変わり目に弱く、よく熱を出していたのだった。
真選組に入隊してからはずっと熱など出していなかった沖田は、近藤や土方の幼い頃と同じ対応に憮然とした。
いつまでも自分を子ども扱いをしようとする二人に、沖田は不満だ。
だが、その不満すらも子ども扱いで流そうとする。
一体いつになったら一人前扱いをしてくれるのか。沖田は布団に潜りながら溜息をついた。




        祭りのあと



その日が夜桜祭りの日だと気づいたのは、近藤が一番最初だった。
夜桜祭りとは、神田川沿いに咲く桜並木を雪洞が照らし屋台が立ち並ぶ春の風物詩だ。
桜のつぼみが色づき始めたころから楽しみにしていた沖田は、祭りに行きたいとごねた。
せっかくの祭りなのに自分は寝ていなければならない事実に沖田は大いに拗ねて、近藤らを困らせたのだった。


大きな物音もなく静かな屯所で、沖田と土方は沖田の私室にいた。
屯所の中は最低人員を残し、他は全て祭りへと繰り出していた。
花を愛でるのが嫌いではない土方も他の隊士と共に祭へ行く予定だった。
だが、微熱を出し祭りへ行けないことで駄々をこねる沖田を宥めすかすために、土方は屯所に残ることになった。
近藤も沖田の調子を気にして屯所に留まろうとしたが、それを土方が行くように勧めた。
夜祭を楽しみににていたのは近藤とて同じだ。
せっかくなんだからオレたちの分まで楽しんできてくれと土方が言うと、近藤は少し考えてからそうだなと笑った。
近藤は不貞腐れる沖田の頭を二・三度撫で、お土産たくさん買ってくるからな、と言って隊士たちと祭へと繰り出していった。

春の暖かな風がわずかに開いている障子から時折吹き込んで来て、やわらかく二人の髪を揺らしている。
遠くからはかすかに賑やかなざわめきと祭りの軽快なお囃子の音が聞こえる。
「花見に行きたいでさァ」
「どーせ屋台が目当てなんだろ。諦めて寝てろ」
冷たく言い放つ土方に、上半身を起こしている沖田は不満そうに鼻を鳴らした。
「熱なんてもう下がりましたぜィ。だから花見に…」
「体温計」
花見に行きたいと続く沖田の言葉を遮り、土方は手を差し出した。
自分の言葉を聞いてくれない土方を沖田は軽く睨むが、土方に無言で催促され、しぶしぶ脇に挟んでいた体温計を土方の手の上に置いた。
体温計を見ると、36.5度と表示されている。
土方はそのデジタル表示をひとしきり眺めてから、沖田へと視線を向けた。
「なんか細工しただろ」
「してませんぜ、失敬な」
「信用できるか」
さも憤慨だとばかりに文句を言う沖田を、土方は一言で切り捨てた。
普段の沖田からすれば体温計をちょろまかすくらいのことは当然するだろう。
頬を膨らませる沖田に、日ごろの行いの報いだ。と言うと沖田はしぶしぶ布団の中へと戻った。
素直な態度からして、やはり体温計の表示を誤魔化していたのだろう。
本当にしょうもないヤツだな。と土方は小さく息をついた。
「とにかく」
土方はやや大きい声を発し、沖田と視線を合わせる。
「今日は一日寝てろ。で、祭は明日行けばいいだろ」
「・・・」
「分かったか?!!」
「へーい・・・」
何も返さない沖田に、土方は再度声を荒げると、不貞腐れた返事が返ってきた。


「いか焼き」
「あ?」
やや時間も経過し、見張りも兼ねて沖田の部屋で残った仕事を片付けていた土方は、唐突な声に反射的に振り向いた。
諦めて寝ているであろうと思っていた沖田は、布団に仰向けに寝ながら天井の眺めていた。
「わたあめ。やきそば」
花見の屋台で売っているものばかり。
土方は肩を落として息をついた。
「寝てろっつったじゃねーか」
「射的。金魚すくい。くじ引き」
それでも指折り上げていく沖田に、土方は大きく息をつき、やおら立ち上がると静かに部屋を出て行った。
土方までもが出て行ったことで、沖田はなんだか惨めな気分に陥る。
祭に行きたかった。と何度もごねたことが土方の気に障ったのだろうか。
自分でやったことなのに落ち込んだ沖田は布団を頭から被った。


少しして、障子の開く音に沖田は被っていた布団を剥ぐ。
「土方さん・・・」
「ほれ」
土方は沖田の近くまで行くと、布団を被っていたせいで少し跳ねてしまった沖田の髪を撫で付けると左手に持っていたものを沖田へと差し出した。
それは白い細長い円筒型のアイスキャンディーだった。
「これ・・・・」
思わず沖田が土方へと顔を上げると、照れくさいのか土方は沖田と視線をあわせることはなく宙へと漂っていた。
「お前、風邪引くと、いつもコレ欲しがっただろ」
「覚えてたんですかィ?」
「真夜中にコンビニまで走らされたことが何度もありゃ、覚えるっつーの」
驚いている沖田に対して、苦笑する土方の顔はどこか優しげで。
沖田はなんだか気恥ずかしくなり、土方から逸らように手元のアイスキャンディーへと視線を落とした。
「それで今日は我慢しろ」
頭の上から聞こえてくる土方の声に、沖田は小さくうなずく。
赤くなっているだろう顔を土方に見られているのがイヤで、沖田は下げた顔を上げられずにいた。
「祭りは治して明日行けばいいだろ」
いか焼き買ってやるから。
土方の優しい言葉を嬉しく思いながらも、まるで小さい子供を宥めるような物言いに沖田は口元を歪ませる。
拗ねたようなポーズを取り、土方からプイと顔を背ける。
「いつまでも子供じゃないんですぜィ」
「知ってるよ。でもたまにはいいだろ」
手元のアイスが冷たくて心地良かったので、まぁいいかと沖田は小さく思った。




 END






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※神田川沿いに桜が咲いているとか夜祭があるとかは、完全な捏造です。
単に歌舞伎町から一番近い川が神田川だったという理由です。

不貞腐れる沖田ってかわいいと思う。
65訓の影響か、かわいい沖田に萌え萌えです。
普段は黒くてドSなのに、ふとした拍子にかわいいのってすごく萌える。

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