昼下がり ぽかぽかと暖かく天気の良い月曜日の昼下がり。 沖田は良い昼寝場所を探して廊下を歩いていた。 屯所の庭に生えている椿の枝で羽を休めている小鳥たちも気持ちよさそうで、何とも羨ましい。 時折あくびをしながらぽてぽてと歩く沖田の手にはお馴染みのアイマスクが握られていた。 この心地よい日差しの下、どこで寝るのが一番気持ちいいか、いくつかある昼寝ポイントの中からどれにしようかを考えながら歩いていた沖田は、角を曲がった途端に見えた前方の人影に足を止めた。 見慣れたその人影に、沖田に目を丸くした。 (寝てる…) 日差しの気持ちいい縁側で、隊服を着たままの近藤が柱に軽く寄り掛かるように寝ていた。 その横にはきれいなトラ模様の子猫が丸くなって同じく寝ていた。 子猫は沖田の気配を感じとったらしく、耳としっぽをひくりと動かしている。 だが、一方の近藤は沖田に全く気付いていないのか、柱に重心をかけたまま微動だにしなかった。 めずらしい。と沖田は思った。 昼寝をしている自身を起こしてもらうことは多々あれども、昼寝をしている近藤を見るのはこれが初めてだ。 好奇心も手伝って、沖田は寝ている近藤へ起こさないようにそっと近付く。 子猫の隣に座り、覗き込むように近藤を眺める。 晴れた天気のいい、昼下がり。 風は爽やかで、鳥の鳴き声も耳に優しい。 近藤の傍らには子猫が時折、しっぽを動かしながらまどろんでいて。 まるで、平和そのものに見えた。 年齢差からか、幼い頃から背中ばかり見ていた気がするその顔を、まじまじと見つめる。 (いいなぁ) 羨望せずにはいられない。 沖田には手に入れることの出来なかった、その大きくたくましい体躯。 自分も含め、一癖も二癖もある隊士たちを引きつけ、まとめあげられるそのカリスマ性。 何よりも「あの人」からの絶対の信頼と厚い絆。 自分への信頼や絆とは全然違うそのつながりに、沖田は時折、嫉妬さえ覚える。 その感情は、どっちに対してのものなのかが自分にも分からなくなくなるときすらある。 そして嫉妬する自分にも嫌悪を感じることも。 眠る近藤に意識を取られていたせいで、沖田はこちらへやって来る強い足音に対しての反応が一瞬遅れた。 気づいたときには、足音はずいぶんと近くまで来てしまっていて沖田を焦らせた。 力強く響かせながら廊下を歩く足音に沖田は覚えがあった。 (やばっ…) この場をすばやく立ち去るか、近くの部屋で相手が通り過ぎるのをかわすか。 どちらを選ぶかで迷った沖田は、さらに反応を鈍らせた。 ここまで近付いてしまった以上、走り去ったところで、足音なり後ろ姿なりでバレるだろう。 それが分かっていて、それでも沖田は逃げることを選択した。 身を翻そうとした、その時。 「―――!」 思いもよらぬ方向から腕を引かれた。 土方は、足音も高らかに屯所の廊下を歩いていた。 廊下を歩きながら、あまりのイラつきように時折無意識に舌打ちが出てしまう。 さきほど見かけた山崎などは、視線を向けただけで、何も言わずに元来た道を帰っていった。 機嫌が最悪なのも、隊士たちの反応が腫れ物にさわるかのようなものなのも、それもこれも、すべての原因は沖田だ。 土方はここにはいない沖田に向かって、心の中で罵詈雑言を叫んだ。 さすがに今日こそは、お灸をすえるべきだろう。 廊下を曲がった途端に見えた人影に、土方は足を止めた。 「よう、トシ」 「・・・アンタ、こんなところで何サボってんだよ」 天気のいい、昼下がりに中庭に面した縁側に、近藤は座っていた。 爽やかな初夏の空気そのもののような笑顔で土方に声をかける。 土方はそれに対して、どうしてもトゲトゲしく返してしまう。 思わず睨みつけた土方に対し、近藤はにこやかに返す。 「息抜きだよ、息抜き。今日はいい天気だぞ」 視線を空へと向けた近藤につられるように土方も空を見上げた。 たしかにいい天気だった。 このところ、どんよりした天気が続いていたため、快晴な空を見るのは土方も久しぶりだった。 「そんなことより、総悟知らないか」 「総悟がどうかしたのか?」 疑問を返す近藤に、土方は憎々しげに口元を歪めた。 「あのヤロウ、未処理の書類の束をどっかに隠しちまいやがった」 「見つからないのか?」 「アイツの隠したものが簡単に見つけられるなら、アイツを探しまわったりしねーよ」 「はは。確かにな」 「笑い事じゃねーよ・・・」 土方はあっさりと笑う近藤に肩を落とした。 「中庭にもいねーとなると・・・あとは稽古場の屋根の上か・・・」 ガリガリと頭を掻き、やれやれとばかりに踵を返した土方の背に、近藤は声をかけた。 「根を詰めすぎるなよ」 普通の口調だが、その声には心配の色が見える。 それを感じとった土方はかすかに苦笑しつつ、もうちょっとで片付くとだけ返し、渡り廊下へと歩をすすめた。 「・・・・近藤さん」 土方の足音も気配も完全になくなってから、沖田は小さく声に出した。 左腕をつかまれたままだったが、沖田のその声で近藤は手を離した。 土方から見ると、沖田は完全に近藤の影に隠されて見えなかっただろう。 どうして。と目で問い掛ける沖田に近藤は隣で、まだ丸くなったままの子猫の毛並みをそっとなでた。 「屯所内を一周するうちに、トシも頭を冷やすだろうさ」 このところ、真選組の出動が重なり外の仕事ばかりだったため、未処理の書類が増えていたのは事実だった。 その処理に追われ、近藤も土方も忙しくしていた。 特に、事務仕事の得意な土方に回された書類の数は多く、近藤も土方の負担を気に病んでいた。 「いい子だな、総悟は」 近藤の大きな手が、優しく沖田の頭をなでる。 沖田は視線をやや下へとさげる。 頭の上にある掌のせいで、近藤からは沖田の顔が見えてない。 見えていなくてよかったと思った。 たしかに忙しそうな土方さんが心配だった。 オレは自分勝手で利己的な人間だから。 でもそれ以上に、仕事ばかりでオレを放ってばかりなのがイヤだったのだ。 たぶん、土方さんのことを考えて取った行動ではないのだ。 視線を上げて近藤の顔を見遣ると、目が合った近藤はからりと太陽みたいに笑う。 だから沖田は、「いい子なんかじゃないですぜィ」と言おうと開いた口をそのまま閉じた。 END ---------------------- 近藤さんがすごく保護者っぽい。 ていうか、近藤さんは沖土のお父さんポジションだよね。 万歳!近藤さんに幸あれ! ---------------------- |