「…まだ終わんないんですかィ?」 図書館であるにもかかわらず声を気にすることなく大きく欠伸をした。 そんな沖田に、土方はもうちょっとだと返した。 夕暮れの朱 放課後の図書館で、土方は居残って勉強をしていた。 明日提出の英文の和訳の宿題をするために、わざわざ部活もないのに遅くまで学校に残っていたのだった。 どうせ家に帰っても勉強なんてしないのだから、だったら英和辞典も和英辞典もそろっている学校で終わらせてしまおうと思ったのだ。 その考えはやはり正解だったようで、土方はあと数行となった英文に達成感を感じ始めていた。 その一方で、沖田は分厚い国語辞典を枕にご就寝だ。 それも、土方がまじめに英単語と格闘している間、ずっとだ。 先が見えてきたために、余裕が生まれた土方は、ふと沖田の進行状況が気になった。 『勉強してくから先に帰っていいぜ』と言ったら『つきあう』といったのだ。アイツは。 なのに、図書館に来て土方の隣を陣取り、何時の間にか国語辞典を引っ張り出し、気づいたら寝ていたのだった。 口には出さなかったが、高さはちょうどいいが国語辞典を枕にするには硬すぎるんじゃないか?と土方はこっそり思った。 そんな沖田だったが、窓から射す夕陽がまぶしかったらしく、さすがに目を覚ましていた。 目を二・三度こすり、大きく伸びと欠伸をした沖田は、欠伸交じりで口を開いた。 「まだ終わんないんですかィ?」 「もうちょっとだ」 「さすがにそろそろ帰りてェんですけど」 沖田は図書館の壁に掛かっている時計の文字盤をみて、少し眉をしかめた。 そういえば、先週から始まった再放送のドラマにハマってると言っていたのを聞いたことがある。 だが、『付き合う』と言ったのは沖田の方からだった。 それにしては勉強なんか全然やる感じではない。 「随分余裕みてーだけど、お前は終わってんのか?」 「はァ?」 心底、何を言っているのか分からないという風に聞き返す沖田に、土方の方が言葉に詰まった。 「いや、だから、明日提出の和訳だよ」 「俺が宿題なんてするわけないだろィ」 何言ってるんですかィ、土方さん。 やれやれとばかりに息をつく沖田に、土方は温度を下げ、冷たく言い放つ。 「言っとくけど、貸さねーぞ」 「別にいいですぜィ。山崎のを奪い取るし」 ぬけぬけといい放つ沖田に、土方はもう反論も起こらない。 ここまで自分のルールの中で生きてりゃ、そりゃ人生楽しいだろうなと土方は内心で毒づいた。 「つか、先に帰ってていいぞ」 まだもうちょっとかかりそうだし。 再び英文へと取り掛かろうとシャーペンを握りなおした土方だったが、ページの開いている和英辞典を押さえていた左手に触れた感触に、びくりとした。 土方は、反射的に左を向くと、そこには、英和辞典の影に隠れて沖田が土方の手を握っていた。 「校内では接触禁止だって言っただろーが」 低い声で文句を言うが沖田にはどこ吹く風だ。 「いいじゃないですかィ」 誰も気付いていやせんぜィ。 たしかに図書館の中の生徒数はまばらで、一番奥の机に座っている二人を気にしている者は皆無だ。 だけど、そういう問題じゃないと口を開こうとした土方は楽しそうに笑う沖田を前に文句を飲み込んだ。 夕日を背中から受けている沖田の顔には影がかかり、黙っていれば精悍な顔つきをしている。 沖田の視線はやわらかく、愛おしいげだ。 その目は細められ、土方の左手を握っている右手を見つめている。 それを見て、土方は体内温度が一・二度上昇した気がした。 「顔が赤いですぜィ、土方さん」 くつくつと笑う沖田に、土方は一瞬言葉に詰まる。 とりあえず、空いた方の手で頬杖をつきながら沖田から視線を逸らす。 まだ、心臓は高鳴りを続けていて、畜生と口の端で小さく吐き捨てた。 「夕日のせいだよ」 ぶっきらぼうに言葉を返した土方に、そういうことにしときまさァと小さく沖田は笑った。 そんな沖田の視線を振り切るように、土方は英語の勉強を再開させる。 視線を教科書へと落とし、無理やり集中しようとする。 「畜生・・・」 けれど、左手を掴んでいる沖田の感触が気になって、英単語は一つも頭に入ってこなかった。 END ---------------------- 放課後の図書館です。 手を握ってことに意識しまくって勉強に見が入らない土方さんとそれを見てニヤニヤする沖田です。 私の書く沖田はいつだって最強です。 ---------------------- |