※注意)沖田が天人とのハーフです。
 吸血種です。それでもよければどうぞ。







        逢魔が時



「あれ?沖田君じゃん」
駄菓子屋の前にある古い木製の長いすに寝転んでいた沖田は、かけられた声に目元のアイマスクを押し上げた。
案の定、そこには銀色のふわふわした髪の男がいた。
「旦那」
銀時は自分を認めても体を起こすことなく横たわり続ける沖田を特に気にした様子もなく、沖田の頭の先にある、まだ空いているスペースに腰を下ろした。

「公僕がサボリですか、コノヤロー」
「おやつタイムでさァ」
「おやつってオマエ、もう日が暮れるよ?もうすぐ夕メシの時間だろ」
「ハラ減ってねーんですよ」
「そりゃ、単におやつの食いすぎだろ」
いいなぁ。金欠な銀さんにも分けてくれよ。
いつもの調子で気さくに声をかける銀時に、沖田は銀時から視線をはずしてからつぶやいた。
「メシの時間が嫌いなんでさァ」
「は?何、嫌いなモノでもあんのか?」
「別に嫌いな食べモンなんてねえですけど」
軽く言った言葉を、だが銀時は違うことなく理解しただろう。
口調は沖田と同じく軽いが、その目が胡乱気様に沖田へ注がれているのが沖田には分かった。


沖田は米も肉も魚も食べることが出来る。
食べられない食べ物などないと言っていいだろう。
屯所で他の隊士たちと一緒に大騒ぎをしながら酒を飲むことも出来る。
でも沖田にとってはそれはただハラがふくれるだけの現象だ。
ハラがふくれても心は一向に満足できずにいる。
モノを食べても酒を飲んでも消えない飢えは別のものでなければ満たされない。
それを沖田は嫌になるほど理解していた。
人の心で抑えても獣の体が素直にそれを欲している。

・・・・ああ、血が欲しい。

沖田は喉を鳴らして銀時を見上げる。
かすかにかばう左肩を見なくて銀時に声をかけられたときから分かっていた。
沸き立つような甘い香りが沖田の鼻をくすぐっていたのだから。
その甘さに体が勝手に唾を飲み込む。
やけに大きく響いたように感じた沖田はその音が相手にも聞こえてしまったのではないかと危惧したが、銀時に様子に特に変化は見られなかった。
ほっと息をついたら、今度は飢えている自身をはっきりと自覚してしまった。


おそらく銀時は仕事帰りだ。
最初にかけられた声が、いつもの気の抜けたような声を装いつつもどこか硬かったとこからも間違いない。
銀時でも怪我を負うほどのだいぶ物騒な仕事だったのだろう。
そんな仕事の帰り道で沖田を見かけ銀時は、声をかけずにはいられなかったはずだ。
いつもの日常を取り戻すために、家に着く前に荒ぶった神経をなくすために銀時は沖田に話しかけたのだろう。
だが、沖田にしてみれば迷惑な話でしかない。
心がざわつくほどに甘い匂いを発しながら、自分の下へと来るなんて。
もう5日も血を舐めていない沖田にしてみれば、今このときに嗅いでいい匂いではないというのに。
手を伸ばしそうになるのを沖田が必死でこらえていることなど、きっと銀時は考えもつかないはずだ。
沖田は正直な体の欲求に心が負けそうになりながら、ふと、なぜ自分はこんなにも我慢をしているのかと不思議に思った。


――だって寄ってきたのは向こうからだ。
誰とはなしに心の中でそう小さく言い訳して沖田は体を起こした。
もう日が暮れる。
その茜差す西日が沖田の背を押した。
夕暮れ時は人を惑わす禍や魔が潜むとされ、魔に逢う時刻とされている。
銀時はただ、沖田という魔と出会っただけ。
そう思うと今まで躊躇していたのが嘘のように沖田は自然と手を銀時へと伸ばすことが出来た。

黙ったまま体を起こし、銀時を見つける沖田を銀時はどう思っているのだろうか。
きょとんと目を丸くしたままの銀時がひどく危なっかしくに見えた。
沖田の手がそっと銀時の頬に触れる。
銀時の訝しむように呼ぶ沖田の名も今の沖田には意味を成さなかった。
ただ頭の中を占めるのは、銀時の血はどんな味がするのかという一点のみ。
これだけ甘い芳しい匂いなのだから、きっと甘くてとろけそうな喉ごしに違いない。

「旦那、アンタの血は――・・・」
どんな味がするんでしょうね。

言葉の続きを心の中でつぶやきながら、沖田はそっと導かれるように銀時の首筋に唇を寄せ、頬を触れていた右手を下ろし銀時の服のあわせに手をかける。
怪我をして血がにじんでいるだろう、その左肩をあらわにすべく、右手に力を込めたその時。


「総悟」


自分を呼ぶ声に、沖田はゆっくりと声がした方へ視線を向けた。
騒がしい雑踏の音がいつの間にか沖田の耳に戻ってきていた。
周りの音が聞こえなくなるくらいに意識が飛んでいたことを理解し、沖田は舌打ちしたい気分に陥った。
沖田を正気に戻した声の主は、くわえていたタバコを口から離し煙を吐いてからもう一度沖田の名を呼んだ。
するどい眼光を沖田へ向けたまま土方は言葉を重ねる。
「いつまで遊んでんだ。帰るぞ」
「・・・・へーい。じゃ、旦那。また今度」
さっきまでの空気を完全に払拭し、邪気なく銀時に笑いかけると、一瞬戸惑ったように揺れた銀時の目とぶつかった。
そんな銀時に目もくれずに沖田は踵を返し、土方の元へと向かう。

「・・・まあいいけどね」
後ろから小さく聞こえた銀時の声に、沖田は口元が緩みそうになる。
そういう風にあっさりと線引きをするところも、引いたその線を越そうとしないところも銀時らしい。
沖田は銀時のそういうところが気に入っていた。






「何しようとしてやがった、オマエ」
「別に何も」
「そうかよ」
屯所へと向かう道すがら、聞かれた土方の問いを沖田はそげなく跳ね返す。
舌打ちをして不機嫌さを隠しもしない土方の様子に、沖田は神経がささくれていくのを自覚する。
土方のそういうところが気に入らない。
自分がどれだけ飢えているかも知らずに、簡単に線を越してこちらへやってくる。
手を引いて連れ出して沖田を庇護下に置こうとする。
その庇護対象がいつの間にかとびきり鋭い牙を身につけたことを知っているくせに。
それでも土方は当たり前のように手を伸ばすのだから、沖田はその手を取るしかなくなる。
まったく、悔しくて嫌になる。


沖田は前を歩く土方の腕を乱暴につかむ。
いぶかしげな声をあげる土方を無視し目に付いた路地へと連れ込こみ、その勢いのまま壁に土方を押し付けた。
「いってぇな!何すっ・・!!」
文句を言う土方の唇を沖田は乱暴に塞ぐ。
角度を変えて幾度か続けるうちに息苦しくなった土方がキスの合間に口を開く。
そこを逃さずに、今度は舌を突き入れる。
中途半端に高ぶった心と体が、その渇望をそのままに土方へとぶつける。
土方の口内を傍若無人に攻め立てると土方の体から徐々に力が抜けていく。
粘膜同士があわさる音だけが人気のない路地で大きく響いているような錯覚を感じながら、沖田は唇を首へと移動する。
首筋へおりながらところどころで強く吸うと、押さえつけている土方の体がびくびくと震える。
その反応に気をよくしながら、沖田は右手で土方の首元を隠すスカーフを解く。
露になった首筋に沖田の唇が到達する。
甘い香りが沸き立つ土方の首筋には赤い虫さされのような跡が2つ並んでいる。
その2つの跡を大きく舐めながら自分が刻んだ噛み跡の美しさに満足した。
いつものようにその場所に歯を立てようと大きく口を開くと、それを察した土方が力ずくで沖田の頭を引きはがした。
沖田が咎めるような視線を送ると、土方は荒い息を無理やり整えながら沖田を睨みつけていた。
自分一人の力で立つのが難しいのだろう、壁に寄りかかりながら右手で乱れた首元を整えている。
頬を赤く染め潤んだ目で睨みつけても逆効果だということに、土方はいつになったら気づくんだろうかと沖田はぼんやり思った。
「日のあるうちははやめろっつったろ」
「もう暮れますぜ」
「外もダメだ」
マナーもモラルも常人とかけ離れている沖田にとって、土方の制止は最後の一線だ。
褥の中では絶対に聞かない制止だが、沖田は素直に従うことにした。
最後にぺろりと土方のおとがいを伝う唾液を舐めて沖田は土方から離れた。


「・・・じゃあ、後で部屋に行きやす」 そう言って土方を見あげると土方が息を飲んだ。
きっと沖田の目はいつもの鳶色よりももっと血のように赤く怪しく瞬いていることだろう。
自分の中の本能が首をもたげているときは、いつもこうして目が赤く光ってしまう。
沖田の赤い目を見て内心で動揺しているであろう土方の背中越しに見える町なみには、夕暮れの闇が忍び込んできていた。


沖田は唐突に踵を返し、土方を振り返ることなく屯所へと足を向ける。
夕闇せまる中、気分が高揚していく自らに、沖田は今が魔に逢う時刻であることを感じた。
今が禍いの起る時刻だというのなら、今も昔も土方にとっての禍いも魔もたった一人だ。
この自分、沖田総悟ただ一人だけ。


夜が楽しみだと、沖田は小さく笑った。




 END






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総悟の目が赤いの事に何かしらの設定を持たせてみたかったんです。
がっつりエロ設定だぜーとノリノリで書きました。
続きは未定。エロって難しい・・・orz



2008.8.23初稿
2009.1.18改訂
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