4.屋上でランチタイム 穏やかな日差しの中、昼休みになった学校内はつかの間の解放感からか、非常に騒がしい。 真剣に勉学に勤しんでいる生徒などはごく一部だろう。 それでも誰もが開放感に浸りながら楽しそうに45分の昼休みを楽しんでいた。 土方は普段生徒がほとんど近寄らない屋上へ続く階段を上っていた。 安全面から本来なら災害訓練でもなければ入れない場所であるため、頑丈にかけられている屋上への扉。 その強固な扉は本来鍵がなければ開けることはできない。 だが、その扉の脇にある窓の鍵はそうではなかった。 一見するとしっかりと鍵がかかっているように見えるその窓の鍵を壊したのは土方の幼馴染、沖田だった。 そのやや小さめな窓を、すぐそばに置いてある台(これも沖田がどこからか持ってきた)を使って苦なく通る。 地面に足をついた土方は、薄暗い廊下から明るい空の下へいきなり出たことで一瞬光で目が眩んだ。 やや肌に冷たくなってきた風にふるりと肩が震える。 寒くなってきたし、そろそろ屋上も春になるまで足が遠のくこととなりそうだな。なんてつらつらと考えながら土方は日向のいつもの指定席へと歩を進める。 「遅いですぜ、土方さん」 そこには屋上への抜け道を作った沖田が一足先にきてくつろいでいた。 日の光に透けていつもの栗色の毛がややくすんだ金色のように見える。 その髪の色がなぜか眩しく感じた土方は沖田に気づかれないようにそっと目をそらした。 「・・・近藤さんは?」 「委員会。今日は来れないってさ」 「そりゃ、残念」 一人で来たことに対する問いに答えながら、土方は沖田からやや距離を空けて腰掛ける。 ガタガタと弁当を開く沖田を横目に、土方は沖田と土方の間に吹く風がなんだかさっきよりも寒い気がして、土方は眉をひそめそうになる。 なんとなくすぐ隣に座るのことに気が引けて自分から距離をとったというのに、まったくバカな話だ。 「いただきます」 礼儀正しく挨拶してから弁当に箸をつける沖田をぼんやりと視界の端に収めながら、土方も自分の弁当へと手を伸ばした。 昨日見たバラエティーやら家であったことなど、いつものようにくだらないバカ話をしつつ弁当をつつくが、自分たちの中心である近藤がいないせいか、沖田も土方も平素よりもやや口数は少なくなり、いつもよりも早く弁当を空にしてしまった。 弁当をしまい、腕時計を見遣るとチャイムが鳴るまでまだだいぶ時間がある。 暇になるよりは、と土方はここ最近持ち歩いている文庫本を制服のポケットから取り出し、続きに目を通すべくページを開いた。 「何読んでんですかィ?」 土方へと問いかけながら、沖田は人より一回りはデカイ弁当をがたがたと片付け、どこからともなく取り出した焼きそばパンの封を開ける。 よくもまぁそんなに入るものだと土方は呆れながらも、沖田の疑問に答えるべく本の表紙を沖田へ示す。 土方が読んでいるのは学校の図書室で見つけた数学パズルの本だった。 パンを頬張ったままの沖田は、示された表題に目をぱちくりさせる。 「なんだってせっかくの休み時間にそんな本読んでんですかィ?」 「別に。単に頭の体操」 「はぁ?勉強でもねーのに頭を使う本を読むんですかィ?」 意味がわからないとばかりに眉根をひそめる沖田に構わず、解きかけのパズルへと意識を集中させるべく土方は紙面へを目を落とした。 「せっかくの昼休みなんですから勉強はやめにして、俺を構ってくだせえよ」 すぐ近くから聞こえた沖田の声に土方の体は一瞬硬直する。 沖田の吐息が髪にかかるのが分かったからだ。 硬直し隙だらけになった土方は沖田に力任せに本を奪われる。 反射的に顔をあげ、返せと紡ごうとして口が塞がれた。 「ね?」 キスを仕掛けて来たくせにまったく変わらない沖田の態度に、土方はいつもいつも怒るタイミングを逃してしまう。 沈黙し手の甲で唇をぬぐう土方に対し、沖田は満足したのかそのまま丸まって土方の膝に頭を乗せる。 学校から借りたものだというのに土方から奪ったパズルの本をぽいと投げ捨てる沖田のぞんざいな扱いに土方はため息をつくが、膝の上の沖田はどこ吹く風だ。 男の膝枕など気持ちよくもないだろうに、目を閉じ膝の上で懐いている様はさながら動物のようだ。 とらえどころない雲のようなその少年は、猫や犬が暑い夏の日に涼しい風が吹きこむ木陰を知っているように、暖かい日の光が差し込む気持ちのいい場所を知っているように、人が来ない死角となる場所をいつの間にか探し出す。 屋上もその中の1つだった。 学校というテリトリー内にいくつもこんな風に他人の来ない、教師たちの死角となるポイントを持っている沖田のことをまるで動物みたいだ、ともう1人の幼馴染である近藤と笑いながら話したことすらある。 猫みたいに気まぐれで、でも犬みたいに近藤や土方の後ばかりついてくる。 幼いころからずっと一緒で、これからもこのまま3人でずっと一緒に居続けるんだと漠然と思っていた。 なのに、なぜか最近沖田のことがわからなくなっていた。 ・・・ウソだ。本当はそうじゃない。 本当にわからなくなっていったのは自分の方だ。 幼馴染みのふとした瞬間に与えられるキスも、優しい唇にうろたえるばかりで文句のひとつも浮かんでこない自分自身も。 わからないことだらけの現状をどうにかしたい。 だから、少しでも何かを解きたくていつもは手に取ることもしないパズルの本に手を伸ばしてみたのだ。 パズルが解けるように、何かがわかるかもしれないと、そんなくだらなくて淡い期待を持って。 でも、パズルの本に載っている問題をいくら解いても、沖田のことも自分の気持ちもちっとも分かりはしなかった。 一体どれだけ柔軟な頭になればその答えは出るのだろうか。 膝の上に乗っかってる沖田の頭にそっと指を伸ばす。 さらさらとした感触が指に心地良い。 いつまでも触っていたいと、ずっとこうしていたいと、そう考えてしまうこの気持ちがなんなのか、パズルみたいにすぐに解ければ良かったのに。 髪を触る土方の指が気になったのか、寝る体制だった沖田がぱちりと目を開き、無言のまま体を起こす。 梳いていた土方の手を掴み、土方へと顔を近づける。 わからない答えに焦燥感を覚える一方で、なぜか土方には確信に近い予感があった。 土方がいくら頭をひねっても出てこない答えは、いつか、沖田がこっそり耳打ちするように教えてくれるに違いない。 そして、その日はきっと、そう遠くはないはずだ。 土方はぼんやりと考えながら、再び重ねようと近付く沖田の唇を迎えいれた。 END ---------------------- 迂闊で鈍感でかわいい土方さんを目指しました。 土方さんが総悟に教えてもらうときは そのまま「いただきます」される時だと思います。 2009.1.25初稿 ---------------------- |