8.夕日がさす教室で



掃除も終わり、あとは戸締りと日誌を提出すれば日直の仕事は終わりだった。
だが、妙はその日誌に何を書くか迷っていた。
今日の欠席者の欄も今日の授業内容の欄も埋まっている。
ただ、今日一日の感想のところが真っ白いままだった。
特に何があったかと聞かれると何も無かったような気がする妙は、だが素直に『特になし』と書くことも憚られ、もう5分以上も頭を悩ませていた。

頭を捻るのに飽きた妙は、ふと、まだ戸締りのし終わっていない窓の外を眺めた。
妙の席は窓側で、頬杖をつきながら外が見れるこの席を妙は気に入っていた。
西日がすこしまぶしく、妙は目を細めながら校庭を見遣った。


校庭ではいくつかの部が練習をしていた。
ふと耳に飛び込んできた声に、視線を向けると、そこには近藤たち剣道部の姿があった。
普段は畳のある体育館で練習している彼らだが、今日は筋トレなのだろうか、全員がジャージ姿で校庭の外周を走りこんでいた。
校庭のやや外れ、鉄棒の近くに近藤の姿があった。
クラスメートの近藤に日ごろからストーカー行為をされていうことはクラスでも有名だ。
妙は近藤に非常に迷惑しており、いつも殴り飛ばしている。
近藤は誰かと話していたが、厳しい顔つきで誰かに何かを言っているのが分かった。
妙は、近藤の厳しい顔つきを前に見たことがある。そう思った。
それは、先日、都大会に出場するため、クラス全員で応援に行ったときのことだった。
普段はやる気のない沖田たちクラスメートが真剣に試合をしている姿を見て見直したのを覚えている。
特に、ストーカー行為で迷惑しているという認識しかなかった近藤がなんと大将を務めていたことに非常に驚いたのだった。
近藤が真面目に真剣に試合をしている姿を見たのは、あれが初めてだった。
みんなから慕われ、頼りにされる存在なのだということを、あのとき初めて知ったのだ。


試合中の真剣な近藤の顔が、いま校庭で声を荒げている近藤と被る。
不躾に見ていたせいだろうか、近藤がふとこちらへ視線を向ける。
「妙さぁぁぁん!!」
妙に気づいた近藤は、校庭から嬉しそうに妙へと大きく手を振る。
人目も気にせず、大声で妙へと呼びかけるため、校庭にいる生徒はみんなこちらを見た。
だが、妙には注目されている恥ずかしさなど些細なことだった。
妙と目が合った途端に、厳しい顔つきだった近藤が喜色へと変わったのだ。
その姿があまりにもあからさまで、妙は思わず近藤から顔を背けることしかできなかった。
動揺している自分が信じられなくて、勢いよく窓を閉め、さらにカーテンまでもを閉める。
校庭からは何度か近藤の妙を呼ぶ声が聞こえたが、ややしてから静かになった。
おそらく練習を再開させるのだろう。
一方、妙はカーテンを閉めたそのままに手でまだカーテンを握っていた。
自分の感情が急にコントロールできなくなり混乱していたのだった。
どうして。なんで。いきなり。
いままで見てみることをしなかった近藤を見ていただけだったのに。
なぜだか近藤に見られていることがたまらなかった。
どうして。

動揺で少し震える手を叱咤し、シャーペンを握る。
大きく息を吐いて、動揺を押さえ込む。
『今日も近藤がウザかった』
妙はそれだけを書くと、やや乱暴に日誌を閉じた。
そうでもしないと、自分の顔が赤くなってるのをごまかせないような気がしたのだ。



 END






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  付き纏われて、すごく迷惑してて、ウザイって思ってた。
  ―――でも。


近藤さんの良さは少し離れてみないと分からないんじゃないかなぁ。
真面目で真剣な近藤さんに不覚にもトキメいちゃった妙さんでした。
近妙万歳!

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