不思議の国のカイト君






先程の分かれ道を左に曲がりしばらく歩くと、何か建物が見えてきた。
おそらく、いや確実に三月ウサギの家だろう。
なぜならその家は二本の煙突がまるでウサギの耳のようだし、屋根が毛皮で覆われていたのだ。
快斗がその家に近づいていくと、家の前に生えている一本の大きな木の下に何やら人の気配がした。
さっき言ってた三月ウサギかな・・・?
快斗はそう思い、よくよく見てみたのだった。


木の下にはテーブルが出してあり、三月ウサギと帽子屋がお茶を飲んでいた。
今度は誰だろうと思い、快斗はテーブルへとゆっくり近づいていった。

広いテーブルにたくさんの椅子。
その中で三月ウサギは一番大きく綺麗な椅子(いわゆるお誕生席)に腰掛け、カップをすすっている。
その横顔に見覚えがあり、快斗は少し眉をよせる。
すぐ側の椅子に帽子屋が座り、二人きりのお茶会が開かれていた。
帽子屋は後ろ向きに座っていて、快斗からは顔は見えなかった。



「あのー・・・」
快斗が声を掛けると、帽子屋が振り返った。不機嫌そうな顔で。
「何か用かよ」
「・・・・・・新一」
ああ、やっぱり見間違えじゃなかった。なんてことをぼんやりと快斗は思った。
そこにいたのは東の高校生探偵、工藤新一。
黒いシルクハットに黒のスーツ。スーツには所々に緑のアクセントがほどこされている。
かぶっているシルクハットはやはり売り物なのか、値札がかかっている。
右手にはポットを左手にはカップを持ち、こちらを睨むように眺めている。
「・・・なんで俺の名前を知ってんだよ。・・・まさかとは思うけど警部の使いか?」
新一は言ってからしまったというように顔を歪め、ちらりと三月ウサギを見遣った。
だが三月ウサギの方は相変わらずカップの中の紅茶をすすっている。
見覚えのある顔で当然。一度変装した事のある少女、毛利蘭。
ピンクのノースリーブに同色のミニスカート。首元には白いリボンが結ばれていて、それが時折風に揺れていた。
頭からは服と同じピンク色のウサギ耳が生えている。

実は見間違いであって欲しかったのだ。
江戸川コナンにはもう会ったのに工藤新一にも会う事になるなんて。
「最悪・・・」
快斗は誰にも聞こえないように小さく呟いた。



蘭はにこりと花が綻ぶように笑った。
「ご一緒に、どう?」
「あ、ありがと・・」
蘭の言葉に新一は明らかに顔を顰めた。
快斗は蘭に勧められるままに、近くの椅子に腰掛ける。
新一は嫌そうに快斗を見てから、蘭の様子を盗み見る。
「紅茶?それとも珈琲にする?」
「あ、紅茶でお願いします」
蘭は新一の手からポットを抜き取り、新しいカップに琥珀色の液体を注いだ。
「どうぞ」
カップを差し出す蘭の優しい笑顔は嬉しいが、如何にせん新一の視線が痛い。
ぎりぎりと歯軋りが聞こえてきそうな雰囲気だ。

怖い・・・。


快斗は新一の顔を見ることが出来ずにいた。



「じゃあ、私はそろそろ・・・」
どうぞごゆっくり。と柔らかく微笑み、蘭は席を立とうとする。
快斗は新一の様子をみるが、新一に慌てる様子は無かった。
蘭が席を立とうと腰を浮かそうとした、その時に。
何処からともなくパイを取り出し、蘭へと差し出す。
「まだとっておきのパイがあるけど、帰るか?」
新一が取り出したのはレモンパイ。こうばしい香りが辺りに広がる。
あら、おいしそう。と蘭は小さく微笑む。
「折角だから頂こうかな」
蘭が再び椅子に深く腰掛けると新一は満足そうに微笑み、優雅な手付きでパイを切り分けた。
「らぶらぶ・・・?」
快斗の呟きは二人には聞こえていないようだった。


穏やかなとは言いにくいが、まあまあ平和なお茶会を突然の電話のベルが遮った。
電話は常に突然鳴るものだが、まぁあまり気にしないでおこう。
快斗はフォークを咥えたまま電話を探して辺りを見回した。
すると新一は罰の悪そうに蘭を見遣り、それから胸ポケットから携帯を取り出した。
とても意外な事に、かわいいヤマネのマスコットのマスコット付きのストラップが付けている。
電話が鳴り響いた時点で、蘭の笑顔は成りを潜め無表情で紅茶を飲んでいる。

「もしもし、工藤です」
快斗は急に冷たくなった空気に少しビビる。
「・・・目暮警部」
その名前に蘭はぴくりと反応し、新一は蘭に視線を向ける。
「すみませんが警部、行くことは出来ません」
新一の言葉に弾かれたように蘭は顔を上げる。
きっぱりと断り、新一は電話を切る。
それから蘭の方へ再び視線を向け、優しく微笑む。
「・・・新一・・・」
瞳が少し潤み声が少し詰まった蘭に新一はゆっくりと手を伸ばし、頬に手を遣る。
殊更に優しく甘く、新一は蘭の耳元で囁く。
「お茶の時間はまだ終わってないだろ?」
ゆっくりと距離を縮めて行く二人。
快斗はその少し前に新一にぎろりと睨まれ、そそくさと退散する。
睨まなくても邪魔はしません。
俺は永遠に女性の味方。野暮な真似なんてしないって。

少し進んでから、そういえば折角帽子屋に会ったのだから何処かへいってしまったシルクハットの代わりに何か帽子を買えば良かったと思ったが、ここで振り返るの はあまりに無粋。
とても勇気のいる事であった。


快斗は諦めて先に進む事にした。







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いかれお茶会でした。
見事な新蘭。かなり満足。

新蘭快好きな友人に褒められましたが、
そんなつもりは全然ありませんにで、あしからず。

次はトランプの兵隊。